美しい花には虫がつきもので…

 

先日の庭巡りのときに改めて気付いたのが

玄関前のスノーボールの木、かなりの虫害で

 

今年は花まで食べられていました…

 

 

道路から玄関を見たところ…

草だらけなのはまぁ目をつぶるとして

 

向かって右側にはヤマボウシやユキヤナギ、

左側にはドウダンツツジ、スノーボールが

植えられています。

 

 

手前の木の勢いで目立ちませんでしたが

スノーボールの葉がかなり食べられていて

 

今年も花数はそこそこですが、皆小ぶりで

よく見ると虫が花の中まで入り込んでいて…

 

去年こんなに咲いてくれたのに…

 

葉ばかりか花にも逃げ込み盾にするなんて

どこかの卑怯な奴等みたいだ…

 

でも一番いけないのは放置していた私です…

 

 

調べて見るとサンゴジュハムシという虫で

サンゴジュの木も害を多少受けていました。

 

ただ、より柔らかなスノーボールの方が

好みのようで葉が筋だけになるほどで

 

 

春に孵化し、葉を食べてその後地中に潜り

夏に成虫になり食べて、秋に枝に卵を産む…

 

幼虫の頃に消毒をするか、捕まえるのが

いいらしいけれど3〜4m高さもあるし

 

スイバとスギナもドクダミもヨモギも

仲間(食用にしようと企んでいる)なので

 

消毒は心配なので、最終的には秋遅くなって

伸びた枝を強剪定することにしました。

 

それにしてもある程度虫を増やさないよう

花を含めて被害が大きい部分は切り取ろうと

虫の駆除も始めました。

 

 

大きいバケツに水を張り食器用洗剤を数滴…

 

ご存知でしょうか、

洗剤はかなり毒性があり虫はすぐ死にます…

台所用の漂白剤もです。多分アルコールも…

 

人間が自分たちの役に立つからと当たり前に
使っている品々も負の面から目をそらしては
いけないと思います。

 

私は昔、漂白した容器のすすぎが不十分で
金魚を死なせてしまったことがあります。

 

虫や小さな生き物を簡単に死なせる物質が
人間にとっても無害なわけがありません。

 

話がそれますが大手洗剤メーカーの最近のCM
そう、多部未華子さんが三兄弟の長女役のアレ、
(はじめキマジメな姉とチャラい弟夫婦かと思った)

 

「洗う順番はコップ、お皿、フライパンは最後」と
諭す姉に対して、弟は「難しく考えない!」と。
輪をかけて「考えずに洗うのだ」と笑う末妹…

 

あれがまだ放送されているということは私のように
違和感を感じている人は多くないのでしょうか…


ましてや便利だからとか汚したくないとか
自分中心な気持ちで多用するのは…

 

以前気になったディスポーザーは結局自分の前から
素早く生ごみを消すだけで環境保全にはなりません。

 

生ごみはコンポストで処理し再利用するのが一番かと
思いますが、それができ
ない場合は焼却になるかと…

 

水気を少なくするためジャガイモなど皮をむいてから
水洗いするとか、油分を拭ってから食器を洗うのは
焼却や水処理エネルギーの節約になると思います…

 

たまに外に出た時にペットボトルや缶ボトルを買う
こともありますが容器は洗って何回か使い回します。


食物連鎖は人間も例外ではありません…
地面に還したり、水に流しても廻りまわって
私達に戻ってきます…

 

あれこれ「難しく考えない!」と言われそうですが
テレビは結局のところCMのために作られている部分は
ありますしCMは企業のためにあります。

 

全世界的に(表向きに)SDGsが連呼されている中
環境よりも自社商品をきゅきゅっと売っていく姿勢、
やはり資本主義社会なんでしょうか…

 

そしてテレビに流される多くの人々…

 

民放だけではありません。国民から放送料を徴収する
国営放送は私も好きな番組をたくさん作っていますが

 

国民よりも政府の意向を反映せざるを得ません。
政府は国民の意向を反映しているのでしょうか…

 

かと言っても私だって見るし使っています。
文明開化の前の生活には戻れないし…

 

虫を見つけたらスマン…と思いながらも落し
高い枝は切って花毎バケツに漬けて消毒…

 

もっと高い枝はまだ花が咲ききってないので
次回の枝回収日のタイミングにします…

 

その後切り落とした枝のまだ咲いている花を
すすいで集めてコップに挿しました。

 

 

 

まだ葉から落ちなかった虫を発見…

コレが花や葉を食い荒らした犯虫です…

 

閲覧注意!中央辺り!

 

でも虫だって懸命に生きているだけです…

 

また話がそれますが「フェッセンデンの宇宙」という
SF作家エドモンド・ハミルトン氏の小説を以前紹介して

 

入れ子細工構造宇宙概念の元祖的作品です。

 

フェッセンデンという天才的な科学者が実験室で作る
ミニチュア宇宙の誕生と消滅…

 

その全容をみた友人が呟く
「この世界も誰かの創った小宇宙ではないか…
  我々も実験材料に過ぎないのではないか…」と。


私の小さな庭ですが、時々この庭にあるもの全てが

自分の世界なのだと勘違いすることもありそうで

 

例え私が一から作ったとしてもそうではない…

ここは私がお借りしている場所に過ぎないと…


そしてこの庭にこの虫がしがみついているように
私も地球の上にいる虫の一匹に過ぎないと…

 

そして自分たちのしたことは自分たちに戻ってくる…

 

サルを使って生物実験を続けることも
羊や牛にタグ付けして生産管理をすることも…

 

そうは思っても今年、雪が降る前に
新しい枝に眠る虫の卵たちをしっかり
枝ごと消し去ろうとしている自分がいます…