久しぶりに、嬉しいニュースを。──そう思ったのは、ほんの一瞬だけでした。

今年は第四夜まで。
できれば、通し券を購入したい。
高橋大輔さんを、全力で推させて欲しかった。
大輔さんの持つ光と影のバランス、静と動のあいだにある“人間味”を信じてきた。
今年の氷艶での高橋大輔さんの演技には大きな期待を寄せていたし、実際に高く評価されたことを心から嬉しく思っている。
氷艶2025で私の心に影を差したのは、ただひとつだけだった。
第三夜、第四夜。
そうなんだ……と、思わずため息が出た。
SUGIZOさんのお話をたっぷり聴きたかったなと、あらためて思う。
あまり聴く機会のなかった分野だけれど、
SUGIZOさんのXやInstagramでの発信を通じて、すっかりファンになった。
同じ“表現者”として、どこに光を当てているのか――その違いはあまりに大きい。
一方には、現実と向き合い、誰かの痛みを引き受けようとする姿があり、
もう一方には、現実から目をそらし、光だけを演出しようとする姿がある。
光を装うことは簡単だ。
けれど、影を直視せずに語る光など、
表現者の風上にもおけないと思う。
「黙って去れ!!」
そんな言葉で切り捨てるのは簡単だ。
表現の力が、誰かの癒しや希望になれると。
ただ、それが欺瞞や依存ではなく、真実に裏打ちされた光であってほしい。
表現者が聞いて呆れる。
ただのスピリチュアル系亜種だ。
SNSで溢れる「癒し」「感謝」「光」などの言葉とは、少し距離を置きたい。
だからこそ、SUGIZOさんの言葉には、現実の重さと人間の誠実さを感じる。
“光”を語る人が、影を見ようとしないとき、そこに本当の光は生まれない。
光を、免罪符にしないでほしい。
それは、擁護しているファンも同じだと思う。
私は高橋大輔さんという表現者の“誠実な光”を、今も信じている。

