某ブログのコメント欄で、驚くほど的外れな解釈を目にした。
「高橋大輔はシングルの限界を感じてダンスに転向した」
「ショーでダンスを滑るのは本人の強い意志」
「たまのソロは一部ファンへのファンサに過ぎない」
要約すると、この三点セットである。
ご自身の記事を持たない方からのコメントだった。
意見を述べるなら、ご自身のブログでどうぞと言いたい。
コメント欄で“設定”を語られても、読む側は困惑するだけだ。
そして、アマチュアフィギュアスケートファンが忘れていることがある。
プロスケーターの主戦場のアイスショーは
エンターテイメントであり興行だ。
プロは需要と供給の世界だ。
もし本当にアイスダンスを熱望する層が多いのなら、すぐにチケットは売り切れるだろう。
カップルの妄想を垂れ流してる層こそ、チケットを買わないのはなんでなんだろう。
妄想を垂れ流すのは簡単です。
プロの成績は売り上げ。
それが市場の答えであり、現実である。
そもそも「ファンサ」という言葉が引っかかる。
高橋大輔のシングルスケートは本人の表現であって、一部のファンへのサービスとして与えられるものではないはずだ。
私は当たり前だが大輔さんではないので、本音のところは分からない。
しかし、それは"かなだい至上主義者"も同じではないのか。
大輔さんのInstagramのプロフィールを見てみる。
『 Figure skate_Single skater, Ice dancer
高橋大輔
フィギュアスケート_シングルスケーター、アイスダンサー 』
勝手にシングルスケーターを引退させるなと言いたい。
そして、見たいのは、サービスとして提供される何かではなく、本人が本人として滑るものだ。
見たいのはサービスではなく、シングルスケーターの表現者としての高橋大輔だ。
そんなファンサはいらない