なんと深夜0時に電話しても不在です。

学会青年部の活動家は夜遅くまで活動しております。

それは百も承知ですが、いくらなんでも毎日こんなに遅くなるわけがありません。

『なかなか家にいない時もあるので、、、』


と言われてもう一つの電話番号を渡されていましたので、そちらに電話することにしました。

それは彼女の勤め先、学会本部の経理部の直通電話でした。

深夜1時、


意を決して電話をしてみると、なんと彼女が電話にでるるじゃありませんか!



深夜1時です。

言葉が出ません。

もう頭が真っ白です。

こんな時間に職場に電話をする自分はどうにかしてる!と思ったのと

もう一つ、踏み込んではいけない世界を垣間見たような気がしました。

彼女は『逢ってはいけない人』なんだと直感しました。

すぐに、謝罪をして電話を切りました。

彼女の方も「ごめんなさい」と消え入るような声で謝まっておりました。



それから数ヶ月後以下の新聞報道がされました。


『創価学会本部や聖教新聞本社に、国税庁に依る大規模な税務調査が入った。

学会の墓地は永代使用料・墓石をセットで販売している。

税法上、土地は非課税だが、墓石は課税対象となる。

しかし、学会はこれらをすべて非課税扱いとして申告、墓石販売収入80億円余りが追徴課税を逃れていた。

その後、学会は修正申告に応じた。』



この報道を見てピーンときました。

あの時、彼女が深夜まで経理部で働いてにいたのは、
国税庁が入ることが事前にリークして、経理部総出で何か経理を操作していたのではないか?
(国家公務員の中にもたくさんの学会員がいます。)

こんな大事件でも無い限り、経理部の一女子社員が深夜まで毎日働くなんてことはありえないでしょう。

それより婦女子は23時以降は働いてはいけないのです。

おそらく『池田センセーを守るため』『学会組織を守るため』とボロ雑巾のようにコキ使われていた彼女の姿が思い浮かびます。


あの消え入りそうなか細い声で言った「ごめんなさい」といった言葉が今でも脳裏を離れません。

そしてその声は「助けて」と聞こえたような気がしてならないのです。

薄情にも私はそれ以来、電話をすることもなく、彼女の記憶もいつしか消えてしまいました。

 



その頃の筆者、(後列右端)旧創価学会本部前・新年勤行会にて

副支部長が警備局にいたので顔パスで入れました。


さて肝心の墓苑事業です。

創価学会が最初に巨大墓苑を造成したのは1977年、北海道石狩市厚田区にある『戸田記念墓地公園』でした。


面積は48万坪(東京ドーム34個分)で、5万4000基。


1基当たり40万5000円で販売されました。

即、完売。

これに味を占めた学会(池田センセー)は次から次へと墓苑事業を展開します。

『富士桜自然墓地公園』
『東北池田記念墓地公園』
『はるな池田記念墓地公園』
『中部池田記念墓地公園
『関西池田記念墓地公園』等、


全国に13ヵ所。


なんと約44万基!

年代が進むに連れて墓地販売の価格も高騰し、1基当たり90万円も珍しくなくなりました。

こうした墓地販売に付随して、廉価版の納骨堂、

 

『東北十和田多室納骨堂』
 

『沖縄常楽納骨堂』等、
 

こちらも全国に20ヵ所を超える納骨堂が建設されました。


1975年、大石寺の近くには「富士桜自然墓地公園」が造園されました。

敷地面積37万坪。


5万基の墓地公園です。



この造園は富士宮にある「日原造園」が一手に引き受けました。

今はもうありませんが、国道から大石寺方向に曲がる交差点に建っていた『富士宮グランドホテル』がその本拠地です。

御大会の撮影の時は何度か私も泊まりました。

この日原造園が中国から墓石を1000~2000円で仕入れ、墓苑に据えて学会に1基1万円で売るのです。

日原造園はこの墓苑事業でボロ儲けしました。

しかし、上には上がいます。


池田センセーの方がもっと上手です。

この墓地を一区画、50~60万で会員に売るのです。

昭和40~50年は大石寺バブルが巻き起こっていた時代です。

正本堂建設や墓苑事業にからみ用地買収から道路整備など、大手ゼネコンから地元の中小建設会社、堅気からヤクザまで魑魅魍魎がその利権にからまり丁々発止していた時代です。

約1000億円が富士宮市を中心に渦巻いていたと言われています。

あんな小さな街に1000億円です。

世の中、表もあればウラの世界があります。

そのウラの調整役が元創価学会顧問弁護士の山崎正友氏でした。

山崎氏は京都大学法学部出身の学会男子部初の弁護士です。

池田センセーの側近として学会のウラ工作を一手に引き受け、学会の「お庭番」「闇の帝王」と呼ばれ池田センセーのお気に入りでした。

学会から湯水のように溢れ出る学会マネーにマヒした彼は、その金を自分の懐に入れることを始めます。

つまり横領です。(学会側の主張)

その横領した金で外郭企業を作り海産物商(冷凍食品会社、シーホース)を始めましたが、20~30億円の損害を出してあっけなく倒産。

その穴埋めに今度は学会を恐喝し始めたのです。

最初は3億円、次は5億円と、

感覚が麻痺している金額です。

学会はたまらず山崎氏を提訴。

その後、山崎氏は逮捕起訴され懲役3年の実刑判決を受けました。(2008年死去)

このように墓苑事業一つにしても、莫大な学会マネーが渦巻き、巨大な集金マシーンがうなりを上げ続けるのです。

もちろん、その集金マシーンの運転手は池田センセーであり、全ての実権はセンセーが握っているのです。

現在の創価学会は総資産は10兆円を超えると言われております。

将来展望はどうでしょう。

若い人が減り、年寄りが増えると言う未来予想図。

これは学会に限らず日本社会が迎える現実です。

年金生活者が身の丈を超える献金は出来ません。

自然とドル箱は縮小し、行く行くは消滅の道を歩む事になるのではないか、と私は考えています。

 


~ おわり ~