男が理屈を言ってはいけない


九州の男にとって

理屈を言う というのは

恥ずべき行為のひとつだった


今はどうなのだろうか

僕が古いのかも知れない



少年の頃 

町内の子供会の野球をやっていた


監督は元高校球児の大学生

かっこいいお兄さんだった


ある日の試合前

ポジションの発表


K君は 5番 レフト

K君にはレフトを守ってもらって

打撃に集中して欲しい


と言われた


僕を傷つけまいとしてくれたのだろう

優しい監督だ


だが、僕は不満だった

やりたかったのは内野

サードかショートだと思っていた

自信もあった


でもレフト

ガッカリした


その頃

銭湯で知り合った入れ墨だらけの

爺さんにその事を話し

不平不満をこぼした


爺さんは そうかそうか

と同調し、なだめてくれる

ものだと思っていた


だが爺さんは


男が理屈を言うたらいかん


と言って笑った


僕はハッとした

愚痴をこぼした事が

急に恥ずかしい事のように思えて

何も言えなくなった



そして試合当日

僕は颯爽とレフトの守備についた


ゲームは進み 

ワンナウト2塁

ピンチの場面だ


バッターの打った球は

左中間へのライナー

相手チームは得点のチャンス

ワァーツと言う声援も聞こえた


しかし

バッターが打った瞬間

僕は反応した


センター方向へ走り

見事にランニングキャッチした

華麗なステップで

くるりと体を回転しながら

すかさず2塁に送球

飛び出していたセカンドランナーを

ダブルプレーに切って獲った


ヨッシャーッ!!

頬を紅潮させて

ベンチへ走る僕に


レフトーッ! 上手いぞーッ!


メガホンを口に当てた

相手チームの監督の声が飛んできた


そのシーンだけが印象に残り

試合に勝ったのか負けたのかは

忘れてしまったが


こういう事だと思った


どんなに不平や不満があっても

必ずやらなければならない

誰かがやらなければならない


そして一生懸命にやれば

結果がどうあれ納得できる


どうせやるなら

何も言わず

余裕の笑みすら浮かべて

おう!任せろ

と言える方がかっこいい




男が理屈を言ってはいけない


それは僕が生きていく上での

指針となった



大人になっても、それは貫いた


仕事の依頼がくる

面倒な要求内容だ

他の親方連中は文句を言う人も多い


これじやあ合わない、とか

容易じゃない大変過ぎる…等々

何か言わなきゃ気が済まない


僕はひと言

はいよ で終わる


不満を言ったところで

どうせやらなければいけないのだ


あっさり引き受ける僕に

逆に不安になったお客さんが

大丈夫ですか?

と訊いてくるが


何が?

○日の○時迄に上げれば

いいんだろ?


ここで余裕の笑みを忘れない


無論、依頼内容をキッチリこなすのは

最低条件だ


そんなふうにやっていると

段々と

信用を得られるようになっていった


Kのトコなら文句も言わず

受けてくれる


難しい仕事は

僕のところへ

まわって来がちになった


果たしてそれは

損なのか 得なのか 

わからないけれど

僕としてはやり甲斐があった

仕事は損得だけではない


余裕のフリをして

その実、頑張って完遂した仕事は

より大きな達成感が得られた



部下にもそうだった


依頼された内容を説明すると

途端に不安げな表情になったり

顔を見合わせたりする


当然のリアクションだ


心配するな

俺がついてる


その一言で安心してくれる


部下のみんなにも

僕のところにいる以上

理屈は言って欲しくなかった


勿論、建設的な意見は大歓迎だ

皆で考え、皆で解決できるなら

それに越した事はないし

そして楽しい事だ


九州人でもない人

ましてや若い人に

理屈を言うのか?

と言ったって

分かってもらえないだろう

そう思って先回りしていたと思う



Kさんって損ばっかしてません?


時々言われることもあった


あ やっぱそう?


と自嘲気味に笑ってお茶を濁す


でも心は晴れやかだ


理屈は言わず

余裕のフリをしてでも

与えられた状況を乗り切るのだ


これからもそう

何事においてもそうだ

絶対にブレることはない


だから僕は

今日も 胸を張って歩ける

と信じている




こんな話

人にはできないからね