メールの着信音が聞こえる
深夜2時頃だ
眠っていた僕は
夢か現かわからないまま無視した
が、また何か聞こえる
今度は通話の着信音
徐々に覚醒し
スマホを手に取った
なんだよこんな時間に
だが、こんな時間だからこそ
緊急かも知れない
電話に出た
助けて…助けに来て
痛い…怪我した…男に殴られた…
早く来て…
怯えた声が途切れ途切れに聞こえる
以前に付き合っていた元カノだった
どうした?
何があった?
どこにいる?
矢継ぎ早に訊いた
完全に目が覚めた
しかし怯え切った様子で
要領を得ない
なんとか場所を聞き出し
車を飛ばした
現場は隣町のスナックだ
僕が到着した時には
殴った男は立ち去ったあとだった
薄暗い店内で
ママさんと抱き合うように
2人して怯えていた
ぐるりと見回しても
店が荒された様子はない
警察を呼ぼうか
と言っても
とにかく
今日は連れて帰ってあげてください
と言う
アパートまで送ろうと車を出すと
アパートはダメだと言う
え?なんで?
少し落ち着いてきた元カノが言うには
殴った男は今の交際相手
アパートの合鍵を持っている
怖くて帰れない
一人であそこにはいられない、と
更に聞けば
会社役員で妻も子もある色男
要するに不倫だ
マジか お前何やってやんの?
おいおいちょっと待ってくれ
つまりあれか?
痴話喧嘩の果ての乱闘騒ぎの後始末に
こんな時間に駆り出された
間抜け野郎!
って事か?
しかも不倫だと?
いい歳こいて色ボケした
オッサンとオバハンの痴話喧嘩なんぞに
巻き込まないでくれ
バカバカしいにも程がある
しかし
もう時間も時間だ 仕方ない
僕はため息をつきながら
元カノを家に連れ帰った
僕は明日も仕事だぞ
とにかく今日は寝る
話は明日だ
明日には追い返してやる
僕は怒りと虚無感に苛まれながら
眠りについた
だが翌朝
元カノの顔を見て考えは変わった
お前!ちょっとよく見せてみろ!
それは酷いものだった
昨夜は暗いのと眠いのとで
あまりよく見てなかったが
まさにボコボコだ
タラコ唇のように
紫色に腫れ上がった右目は開きもしない
殴られたと言っても
ちょいと叩かれた程度だと思っていた
男同士の喧嘩でも
なかなかここまでにはならない
防御も上手く出来ない華奢な女性を
力任せに滅多打ちにした事は
容易に想像できた
信じられなかった
こんな事をやる男が
現実に存在するのか
久しぶりに本気で腹が立った
昔の女
という事を差し引いても
許せないと思った
やり返す
元カノは少し怯えた顔で
何するの?
と訊く
バカ
鉄パイプ持ってカチ込む訳じゃないよ
社会的に抹殺する
僕は元カノに鏡を見せた
ここまでやられて泣き寝入りする程
そいつが好きか?
女をこんな目にあわすやつだぞ?
俺は許せない
お前はどうだ?
被害届けを出して
法律で裁いてもらおう
ただ、訴えるのはお前だ
どうする?
やるんなら俺も行く
一緒に警察に行こう
元カノは少し思案したが
一緒に行ってくれるの?
と訊く
頷く僕に
わかった 行く
と応えた
その日は幸い土曜日だった
仕事は午前中に終わり仕舞いにし
急いで帰って
急いで昼の用意をした
食事も顔が痛くて上手く噛めない
と言う
ますます悲惨だ
食事を済ませて
最寄りの警察署へ出掛けた
受け付けてくれた警官に
顔の状態を見せ
被害届けを出したい旨を伝えた
すぐに受理された
先ずは写真撮影から始まった
元カノと僕の関係性も尋ねられたが
付き添いの友人です
と答えた
この目じゃ運転も出来ないから、と
そこから先、当然僕は蚊帳の外だった
終わったら電話する
と言って
元カノは女性刑事に付き添われて
2階に上がって行った
余談だが
その女性刑事が可愛いかった
とりあえず僕は待つ事にした
待つ事にした、のはいいのだが
待てど暮らせど連絡は来ない
あまり離れてもマズいかな
と思い、近くのファミレスへ
軽めのものを頼み
ドリンクバーをちびちびやった
でも電話は鳴らない
あまり粘るのも気が引けてきて
別のファミレスに鞍替えした
そのうち日も暮れて
本格的に腹が減ったので
セットメニューを頼み
ライスのお替わりまで頼んだ
多分、人生最初で最後の
ファミレスのハシゴだ
土曜の夜の混み合う時間帯だ
これ以上は粘れない
ここも出るしかないと諦めて
一旦車に戻ったり
署の敷地内をウロウロしたりした
よく怪しまれなかったものだ
そんなこんなで電話が来たのは
22時を回っていた
お腹空いたからファミレスでも行きたい
と言う
勘弁してください
随分時間が掛かった理由を尋ねると
本人、加害者役、ママさん役など
警官が首から札を下げ
本人の記憶を元に
些細漏らさず
事件の様子を
忠実に再現していったそうだ
そして調書を作ったりなんだかんだで
この時間だ
それと、
容疑者側から
示談の申し入れが有るだろうが
訴えを取り下げたりしないか?
というような事も聞かれたそうだ
ハイと答えたらしい
アパートまで送って行こうとしたが
ちょっとアンタ あたしをアパートに
置いてく気?
と怒る
元カノが言うには
腫れた右目がほとんど見えない
運転できないから仕事にも行けない
介護の仕事の元カノだが
こんな顔では
利用者さんの前に出られない
それに
被害届けは出しても
あの男が合鍵を持って
うろついている事に変わりない
逮捕されるまでは
怖くてアパートに帰れない
はぁ、なるほどごもっともで
ん?それはつまり?
暫く僕の家に置いてくれ
と言う
ちょっと待て
友達んちとかは?
恥ずかしい無理!
そうだ元旦那が家も近かったよね?
アイツだけは絶対イヤだ!
乗り掛かった船でしょ?
くそっお前が言うな
と、なんだか丸め込まれて
身の回りの物を取りに
一度アパートに寄り
不倫相手の逮捕まで
僕の家に置く羽目になってしまった
なに被害届けも受理されたのだ
逮捕はすぐだろう
僕は楽観視していた
しかし予想に反して
容疑者逮捕の報告は三日経っても
一週間経っても来なかった
元カノは自分用のシャンプーやら
なんやらを揃えだした
その間、証言してくれるはずの
スナックのママさんが曖昧になった
奴は地元の有力者のせがれで
よく店を使う太客だ
仕方ないのかも知れない
一見の客のふりをして
裁判になったらお願いします
と、説得に行ったりもした
まだかな?
お巡りさん何やってんの?
と思いつつ
待つしかなかった
ようやく逮捕の知らせがあった頃には
二週間が経っていた
朝、出勤の為に
自宅から出たところを
捜査員が取り囲んだそうだ
警察24時とかでありそう
と思った
ホッとはしたが問題はこれからだ
奴は必ず示談を申し入れてくる
会社の顧問弁護士か
それともその方面に強い弁護士を
頼むのか
どちらにせよ
金に物を言わせてくるだろう
どうするかは元カノの自由だが
示談にしてしまえば
奴の会社は同族企業との事
本当の意味での社会的制裁には
ならないだろうし
示談金など
奴にとってははした金に違いない
あれだけの事をやったのだ
実刑になるかは知らないが
前科をつけてやりたかった
相手弁護士からの電話はすぐに来た
たまたま側でやり取りを聞いていたが
明らかにナメている
元カノが示談金目当てで
訴えた、と暗に言っている
元カノはかなり気が強い
先方が喋っている途中でブチギレた
アンタッ!
ふざけんじゃないよッ!
電話をブチ切った
お〜こわ
奴も間抜けな弁護士を立てたものだ
この様子ならイケるか?
と少し期待した
逮捕の知らせで少し安心したせいか
憤怒の陰に埋没していた疑問が
今更だが、湧いてきた
何故、奴は自分の女に
大怪我を負わせる暴力を振るうほど
激昂したのか?
僕は元カノに尋ねた
え?ああ…う〜ん
なんだか歯切れが悪い
アンタ、メール見てないの?
と言う
メール?
そう言えばあの晩
電話の前にメールの着信音が鳴った
すっかり忘れていた
元カノはまだLINEを使っていなかった
Eメールなので
ほとんど開くことがない
僕はスマホのメールを開いたてみた
唖然とした
その内容は
どこそこで飲んでる
今から来ない?
という飲みのお誘いだった
来てよと何通もよこしている
お前、これを奴の隣で打ったの?
思わず聞いた
奴がカラオケを歌っている時
トイレに立った隙などに打った
らしい
それでさ…
俺呼んでどうするつもりだったの?
二人を会わせてみたかった
お前と不倫相手が
仲良く飲んでるとこに
俺がノコノコ出て行くと思ったの?
だからそれは書かないで
サプライズで会わせてみようと思った
一気に脱力した
今彼と元彼を引き合わせて
何がしたかったのか?
もう尋ねる気にもならなかった
奴の暴力は到底理解できない
でも憤慨するのは当然だ
2人きりで楽しむはずのデートの最中に
他の男にせっせとメールしていたのだ
そうだ、そうだった
こいつはそういう女だった
何故忘れていた?
奴がにわかに哀れに思えた
もう手を引こう
と思った
これ以上関わってはいけない
もう充分やった筈だ
もしも、なし崩しに
このままヨリを戻したい
などと言い出しでもしたら大変だ
先の未来は見えている
また同じ事の繰り返しだ
自分が美人だと知っている
男は皆思い通りになると思っている
懲り懲りだ
この女に振り回されるのは
もう御免だった
振り返れば、結局
僕は黙って離れた
奴は暴力に訴えた
それだけの違いだった
ネットで調べた事を話しておこう
と思っていたが
そんな気も無くなってしまった
果たして
元カノはかなり高額な示談金を提示され
まんまとそれを呑んだ
奴の思う壺だ
そして
僕が話そうと思っていた事が
やっぱりその通りになった
奴の奥さんから
内容証明付きで慰謝料の請求が来た
相手の家庭は離婚にまで
追い込まれたのだ
慰謝料は示談金を遥かに上回る額だった
文字通りの大怪我を負い
高額の慰謝料まで支払う結果になった
不倫の代償は高くついたね
僕は皮肉のつもりだったが
電話の向こうの元カノは
ケロリとしたものだ
3〜4年くらいで払い終わるよ
と平然と言ってのける
人の家庭を壊したんだぞ?
少しは懲りろよ
そう思ったが口には出さず
通話を終了した
そろそろ、払い終わるのかな
でも、僕にはもうどうでもいい話しだ