リナちゃんが学園に入所してきたのは
確か小学3年生の頃だったと思う
初めて会った時
リナちゃんは寮の玄関先にしゃがんで
1人で遊んでいた
こんにちは
と声を掛けた僕に
こんにちはッ誰?と来た
声を掛けた僕に、振り向くより早く
こんにちはッと返し
僕を視認するや否や 誰? だった
物怖じしない子なんだなと思った
かずやくんのお父さんです
よろしくね
ふう〜ん
あ 興味無さそう
その日は確か田植え体験だった
学園の行事のひとつだ
子供達と泥んこになって遊ぶうち
リナちゃんはすぐに懐いてくれた
これ持ってて?無くさないでね?
から始まり
おんぶして? からの
肩車して? だった
その距離の詰め方は怒涛の如くだった
娘が欲しかった僕は
職員さんがたしなめるのも構わず
大喜びでリナちゃんのお願いを
聞き入れた
おんぶされたリナちゃんは
遊び疲れたのか
僕の肩に頬を預けていた
娘がいたら、こんな感じだったのかな
背中にリナちゃんの温もりを感じながら
娘の父親擬似体験を味わった
そんなふうに仲良しになった僕とリナちゃんは
行事の度に一緒に遊んだ
施設の子供達の
生い立ちや家庭事情は複雑だった
海を見た事がない 花火を見た事がない
そんな子も多かった
僕は職員さんたちと相談して
子供達を海辺の花火大会に連れて行った
会場に着いて、花火が始まるのを待つ間
女の子達は固まっておしゃべりしていた
暗くなってきた空に
なにか白い鳥が飛んでいるのを
女の子達は発見し、
流れ星かな?お願いしないと
などと盛り上がっていた
リナちゃんは
ねぇあれ流れ星?
と僕に尋ねてきた
う〜んあれは鳥だねぇ
流れ星に何お願いするの?
と尋ねた僕に、イキナリきた
Kさんともっといっぱい遊べるようにお願いする
絶賛父親擬似体験中の僕を撃沈するには
十分過ぎる一撃だった
完全に舞い上がった僕は
側にいた女性職員さんをバッと振り返り
聞きました?聞きましたよね?
もうデレデレだ
職員さんに
よかったですね
と冷笑されたのだった
そんなリナちゃんには
父親がいなかった
何故いないのかはわからない
僕が娘の父親擬似体験を楽しんでいるように
リナちゃんもまた
擬似体験をしていたのかもしれない
僕と、顔も知らないお父さんを重ねていたのかもしれなかった
そう思うと少し不憫にも感じた
だけど、リナちゃんにはお母さんがいる
小さい子供には
父親より母親の方が必要だ
それが救いだと思っていた
あの日までは
リナちゃんのお母さんに会ったのは
やはり何か行事の時だった
リナちゃんのお母さんだから
もっと若い人を想像していたが
そうではなかった
いや
違和感はそんなところではなかった
何か後ろめたさのあるような
朗らかな顔で周囲を伺うような
言いようのない不自然さを感じた
気のせいだろう
挨拶だって話した内容だって
極々普通だったではないか
わずかな胸騒ぎを覚えながらも
考えても詮無い事だと諦めた
暫くして
また学園の行事に参加した時
1人の職員さんが
耳打ちするかのように僕に話しかけて来た
リナちゃんのお母さんと
連絡が取れないんです
何を言っているのかと思った
仕事などの都合で連絡できない事だってあるだろう
しかし事態は深刻だった
連絡が取れなくなって半年以上になる
心配した職員がアパートに行ったが
もう別の人が住んでいるようだった、と
そんなバカな話があるか!
脳天がグラリと揺れた
リナちゃんの笑顔が頭の中によぎった
何があったのかはわからない
しかし、あんなに可愛いリナちゃんを
まるで忘れ物を簡単に諦めるかのように
打ち捨てて、夜に紛れて遁走したのか?
あの日感じた違和感は
最悪の形で具現化してしまった
そんな話、僕にどうしろと言うのか
そう思ったが
職員さんからすれば仕方ない事だ
いつも一緒にいる僕が
不用意にお母さんの話を
リナちゃんにしてしまわないか
それを危惧しての事だろう
わかりました、と応えた
何がわかったのか
自分でもわからなかった
正にその日の事だった
行事が終わり
保護者達は またねと我が子との再会を
約束して帰って行く
その様子を見ていたリナちゃんは
フッと僕と手を繋いで来た
僕を見上げてこう言った
お母さんまた来るかな?
心臓が跳ねた
平成を装ったが、心は激しく波打った
来るよ!絶対来るよ!決まってんじゃん!
小さな女の子に
僕は嘘をついた
でも
ほころびだらけだった
無闇に不自然な強調をしてしまった
自分がこんなにヘタレだとは
思っていなかった
子供の視野は狭い
リナちゃんには
お母さんに会いたい
その一点しか見えていない
そんな子に本当の事など言える訳がない
事実を知った時
リナちゃんは僕を恨むかも知れない
それでも構わないと思った
今はまだ希望を持っていて欲しかった
施設で暮らす子供達はみんなそうだ
お父さんお母さんのお迎えを
今日か明日かと待ち望んでいる
その両方を失ったリナちゃん
母親を失った時
小学生だったかずやと重なって
溢れそうな涙を堪えてリナちゃんを見た
僕の嘘を疑う事もなく
えへへと笑った
その後事態は大きく動く事も無く
リナちゃんはずっと仲良しでいてくれた
そしてかずやも卒園の刻を迎え
僕とリナちゃんは
会う機会はほとんど無くなった
次にリナちゃんに会った時
彼女は高校生になっていた
小さかったリナちゃんは
こちらがドギマギする程
伸びやかに成長していた
学校ではテニス部に入っているらしい
昔のようにおんぶも手を繋いで歩く事もできないが
年頃のお嬢さんらしく
はにかみながら笑う笑顔には
小さい頃の面影がそのままに残っていた
娘が手を離れて行く淋しさとは
こんな感じなのかな、と
またひとりで擬似体験をした
あれから数年が経つ
リナちゃんはもう成人し
学園も卒園した年齢だ
学園の庇護から羽ばたいて
どこでどんな暮らしをしているのだろう
毎日一生懸命働いているのか
もしかしたら
お嫁に行ったかも知れない
そいつはどこの馬の骨だろう?
キサマにワシの娘はやらーーんっ!
なんてやってみたかった
いや、それとも
娘をよろしくお願いします、と
頭を下げるか?
ひとしきりバカな妄想を巡らせる僕だった
ほんの数年間
僕の娘になってくれたリナちゃん
今、幸せであってください