冬は

 

よくみえるけれど

 

意外と

 

夏の富士山を

 

はっきりと

 

拝む機会は

 

少なかったりする

 

逆にすそ野以外は

 

見えないのに

 

それが

 

富士山のすそ野だと

 

わかるのは

 

形が

 

完璧だからなんだろう

 

だから

 

やっぱり

 

すそ野をみながら

 

きっと

 

全容を拝むことは

 

難しいんだろうと

 

思っていた

 

特にがっかりすることなく

 

それが普通というように

 

でも少しずつ

 

少しずつ

 

雲が

 

流れて

 

ゆっくりと

 

時間をかけて

 

その全貌が

 

あらわれたとき

 

まず

 

雪をかぶっていないことが

 

新鮮だった

 

とにかく

 

言葉を失うほど

 

美しい

 

何時間でも

 

夕暮れとともに

 

刻一刻とかわる

 

その

 

色や

 

たたずまいを

 

眺めていられると思った

 

とうとう

 

日が暮れてしまい

 

稜線が見えなくなって

 

そこを

 

歩いている人の

 

明かりが

 

確かに

 

富士山がそこにあることの

 

手がかりになるまで

 

ずっと目が離せなかった

 

あくる日

 

富士山の近くで

 

真っ赤に燃えていた

 

夕焼けが

 

明日の晴れを

 

約束するわけではないことを

 

知る