街の中で歩く

 

ここには来たことがある

 

そうピンとくるとき

 

わたしは

 

どのあたりを

 

知覚して

 

そう思っているんだろう

 

街の景色の全体像を

 

なんとなく把握して

 

立体的に

 

立ち上がる

 

匂いや

 

場の雰囲気を

 

記憶のどこかへ

 

織り込んでいるんだろう

 

そう思うと

 

なんと複雑な

 

作業を

 

頭の中はしてくれていることか

 

大きな大きな

 

世界の

 

片隅で

 

変わっていくものも

 

多い中

 

日々思い出すこともなく

 

確実に

 

しまいこまれている

 

無限の記憶と

 

それにまつわる

 

いまは薄まった感情に

 

どんな

 

一瞬

 

一瞬も

 

わたしが

 

わたしでいる要素に

 

なっているんだと

 

改めて

 

氣付かされる

 

生まれる前から

 

ここに生まれることは

 

決まっていて

 

どこを歩いて

 

どこに行って

 

どんな経験をするか

 

すべては

 

決まっているのかもしれない

 

その糧を生かすかどうかは

 

自分次第だけど

 

世界を

 

動かしているであろう

 

仕組みの

 

代えのきかない

 

一人として

 

世界にうたうことが

 

できているんだろうか