頭や足をぶつけたりは、日常茶飯事だ。
以前には、駐車場で待っている夫の車に乗ろうと、助手席のドアを開けた。
しかし、違う車で、夫でない人が運転席にいたということもある。
集中して物事にあたった後は、特にいけない。
使い物にならない。
以前に、大事にしているネックレスをなくしてしまった。
いくら探しても見つからず、落ち込んでいた。
その姿を見た子供達が、私にくれたものがある。
手渡されたのは、折り紙で作った指輪だった。
赤い紙をまるめて、石に見たて、ねじった紙を輪にして、実際に指にはめることができた。
私が、あまりに喜ぶので、それ以外にも二人でたくさん作ってくれた。
何カラットかと驚くほどのサファイアの指輪、糸と折り紙でつくったパールのネックレス…。
なくしたものよりも、もらったものの方が多かった。
ネックレスをなくしたおかげで、一生の宝物をもらった。
私達女性にとって、クリスマスや誕生日、記念日以外にも、花束をいただくのはとてもうれしい。
一輪の花をいただくのも、同じようにうれしい。
花が終わったあとも、胸の中に温かな思いが、余韻のように残る。
いただいたのは、こころなのだ。
本当に大切なものは、いつだって、物やその量ではないようなのだ。
しあわせを感じるのは、そこに込められた思いを感じた時だから。
今まで、さしあげるよりも、多くをいただいてきた。
生まれたときから、そうなのだと思っている。
私は、自分ができる何かを、ずっと探し続けている。
いただいた贈りもので、私の胸はいっぱいになって、溢れそうなのだ。