満点をとろうと、勉強もした。
けれど、丸印がついた答案用紙で深い満足感は得られなかった。
固定化されたパターンを学び、そこから飛びたつことを学んできた。
もしも、この世の方程式を書いた本があって、見つけてしまったら。
そして、人生のシナリオを最後まで読んでしまったら、すべてが色あせて見えてくる。
この神秘があふれる世界のなかで、宝探しをしたいのだ。
怖さのなか勇気をもって、一歩を踏みだして、新しい扉を開いてみたい。
次々と現れ出る、自分の映し鏡を、目を伏せずに見つめよう。
何度かの傷を理由にして、進むのをあきらめたくない。
いっときの完璧を求めてしまえば、そのかたすぎる結合に留まり、身動きが取れなくなってしまいそうだ。
そんな固定化されたものは、本当はたいしたことのない、面白みのないものなのだ。
前にも後ろにも、左右にも、みちを見つけられない時は、上下へ飛びうつろう。
追い詰められたと感じる時、身動きが取れない時こそが、シフトする時なのだ。
固定化した視野から飛び出す時がやってきた、というサインなのだ。
そのジャンプを何度も繰り返し生きる。
曲がりくねったみち、まっすぐなみちをその時々で、歩き、走り、這い、飛びうつる。
正解のない、オリジナルを生きるのだ。
このドラマティックな生と死を、成功か失敗か、幸せか不幸せかと、エゴをとおして見るのはやめよう。
生と死さえ、対立するものでないのだから。
それは、同じものの端っこに、それぞれ名前を付けただけなのだから。