私の宝石箱は、白い木製のもので、天板がガラス張りになっていて、上段のアクセサリーが、外側から見えるようになっている。
細かく仕切られたひとつひとつに、指輪やイヤリングを並べている。
私は、小さい頃、石ころやガラス玉をポケットにつめて、歩いていた。
初めて、ガラス玉を見つけ、拾った時のことは、今も忘れていない。
透明に輝く小さな球体に吸い込まれ、自分がそのなかに入り込んだような気持ちになったのを覚えている。
大人になってからも、水晶などの石に対する憧れは、強くある。
ターコイズの青、ペリドットの明るく透明な黄緑、サファイヤの深いブルー。
奇跡のような美しい色の輝きに、心惹かれる。
大地が長い時間をかけて産み出した美しい結晶。
私達も、奇跡のように、そこに生まれ、元きたところへ戻るという命のサイクルのなかにあるのだろう。
先日、夫の実家にいったときのことだった。
母は、自分の宝石箱を持って来て、見せてくれた。
長男は、リーフ型をした琥珀を手に取って、明かりに透かし見ていた。
母は御守りにするといいと、長男に気前よく、くれた。
次男は、遠慮して、自分はいらないと言い続けた。
母は、一点、一点を手に取り、誰からもらったものかなどを説明していく。
母は、ひまわりのモチーフの、クリーム色のブローチを手に取って言った。
「これは、お友達のお父さんの手作りのもので、クジラの歯を彫ったブローチなのよ。
今は、捕鯨はむずかしくなってしまったから、めずらしいのよ。
それから、これはお父さんが買ってくれたネックレス。
何でしょうね、お父さんはガラスが好きだから、キラキラしたのをよく、私に買ってくるのよ。」
母が、父に心から大切に想われているのを実感した。
宝石箱のなかには、私が贈ったローズクォーツのネックレスや、とんぼ玉もあった。
貴石もガラス玉も、まぜこぜに入った宝石箱だった。
そこに見たものは、長い時間の中、消えることのない幸せな思い出や、愛情だった。
贈り、受け取る同志の間の、特別な想いが込められている。
物はなくしてしまったり、壊れたり、いつか手のなかから消える。
けれど、心のなかの大切な思い出や、大切な人への愛情は、消えることがない。
形がない物こそ、私達が永遠に持ちつづけられるものなのかもしれない。
手からこぼれ落ちてしまった現実を、なくしてしまったと嘆くのか、心の中にはある、今もこれから先もずっとある、と感じるかで世界はずいぶん違って見えてくる。
そして、現実は限りのある、いつかは失うものであるからこそ、そのかけがえのなさを味わい尽くし、大切にしたい。
宝物について少しばかり長い説明を終えた母は、私にそれらをもらってね、と言った。
母の気持ちに感謝して、私はその中のひとつをもらい受けることにした。
母は、一粒の真珠のネックレスを選び、手渡してくれた。