この作品は、黒澤明さんが、脚本執筆中に亡くなり、長年、助監督をしていた小泉堯史さんが引き継いで初監督した作品だ。
「まるで黒澤が監督しているようだ」と評され、第24回日本アカデミー賞8部門を獲得した。
仄暗い映像から始まり、徐々に光が差し込んでいき、ラストは雨上がりのさわやかな明るさが溢れる。
樹々の緑、河や滝の映像がとても美しい作品だ。
職もなく、当てのない旅を武士の三沢伊兵衛(寺尾聰)と妻たよ(宮崎美子)はしている。
大雨が続き、河を渡れず、二人は安宿に足止めされてしまう。
同じく足止めされた貧しい人々は次第にうっぷんがたまってくる。
夜鷹の姐さんは、自分の食事が盗まれたと騒ぎ、ひとりの老人にくってかかる。
この女性はのけものにされていた。
貧しくて世間から差別される人々が、さらに人を下に置いて、差別をする。
差別された者の悲しみ、悔しさは敵意となって、いさかいが起こる。
そんな殺伐とした状況を変えようと、伊兵衛は賭け試合をして勝ち、豪華な食事をみんなに振るまう。
歌や踊り、夢のような宴のなかで、身分、性別、年齢の違いは問題ではなくなり、喜びと感謝が溢れる、あたたかな交流へと変わった。
伊兵衛は剣の達人、そして、人が良すぎる不器用な性格で、職についても、いつもうまくいかない。
組織には向かない性分なのだ。
けれど、この地の殿様に、剣の腕、人柄を認められて、剣術の指南番として迎え入れたいと言われる。
今度こそ職について、妻に安定した生活をと願ったが、賭け試合をしたことが原因でダメになってしまう。
その知らせを受けて、普段は寡黙な妻のたよは、夫が何のために賭け試合をしたかと訴え、それが分からないあなた達は〈でくのぼう〉と言い放つ。
二人は再びあてのない旅に出ることになるのだが、真意を汲み取った殿様は、伊兵衛を引き止めようと早馬で追いかける。
この作品の中で、伊兵衛が森の中で刀稽古をする場面はとても印象的だ。
抜刀し、構え、斬り、納刀する一連の動作の繰り返しに殺気はない。
とても神聖なものに見える。
内側に悶々とうごめく想念を一刀両断しているのだろうか。
外側の不運や悪縁を断ち切ろうとしているのだろうか。
刀で清めることで、伊兵衛は再び世間との関わりの中へ戻ることができるのだろう。
ラストシーン。
伊兵衛は妻とふたり、山上の見晴らしの良い場所に立ち、下界を眺める。
俗世間から離れて、天の視点にとても近いところに立っている。
今までいた世界はとても小さくて、とても遠い。
伊兵衛の考え方、振る舞い、才能も世間一般と違う。
とてつもなく強いが、やわらかな風のように人々の心に触れ、損得のかけ引きをせずに去っていく。
清らかで自由な伊兵衛とたよ、二人の魂にとって、雨で清められた雄大な自然が最高の居場所のように思えてならない。