最近、茶道を始めた。
先日のお稽古で、床の間にかけられていた掛軸は、「薫風自南来」だった。
深い意味があるようなのだが、私には夏の始まりのとてもさわかな雰囲気が感じられた。
そして、花器には、白の芍薬の花がいけられていた。
固い蕾のまま、すくっと凛々しい姿で立っている。
お茶の花は、華やかに咲き誇る花を愛でるのではなく、花開く手前、蕾のままの姿を愉しむ。
純白の芍薬の花が開く姿を、私は心に思い描いた。
花の生命の光が、私の胸の中で拡がっていった。
お稽古がはじまり、最初に私は客の役をつとめた。
干菓子が出される。
黒塗りの菓子器の左手前には、二羽の水鳥が描かれたおせんべいが盛られていた。
円型が交互に重なりあう様子が、水面にうかびあがる泡のように見える。
そして、右上には、青葉の形をした抹茶の落雁が並ぶ。
夏の青草が勢いよく茂る姿が思い浮かぶ。
初夏、川面と樹々の間を、南風が勢いよく吹き抜けていく景色。
エネルギーに満ちた風が運んでくる予感のようなものが私を取り巻いた。
茶菓子は繊細で美しく、口に入れると溶け、和み、笑顔になる。
心を込めた一服のお茶を飲むために、すべてが繋がり、美しさに妥協せず、無駄のない型が作りあげられている。
その多くの手順に気が遠くなりそうだけれど。
きっと、ひとりの人生にも、これを上回るたくさんの手が関わっている。
今の私は、連綿と続く生命の枝の端、先。
この茶の時間は、私が地球で生まれ、生きる時間を凝縮したもののように思えてくる。
ほんの一椀のお茶。
けれどもその一椀。
それをいただく、そして差し上げるのだ。
座を共にする人々の出会いと別れ。
今生での一期一会。
床の間で、ほころび始めた花の蕾が、開くのを目にすることはないけれど、いつか咲く命の喜びと希望を胸に、跡形なく去っていくのだ。
風のように。
茶室には静寂と、澄んだ気が満ちている。
私の五感が蘇ってくる。
余韻を胸に、私は茶室を後にした。
外は、微かに夏の気配がし始めている。