ギフト〜なな色の羽 -33ページ目

ギフト〜なな色の羽

私の中から産まれたがった言葉やお話を書いています

先日のお茶のお稽古の掛け軸は「主人公」だった。

お稽古のたびに、どんな禅語か、どんな墨蹟に出会えるのか、いつもワクワクしてお軸に向かうのだが、今回は、読み間違えたかと思った。

千家の侘び茶の世界に、「主人公」とは、どういうことなのだろうか。

先生からのお話があって、やっと納得することができた。

人にどう思われるかを気にして妥協したり、人と比べたりせず、自分の軸で主体的に生きることなのだとおっしゃった。

そしてこんな話もしてくださった。

昔、中国の瑞巌和尚は、毎日、自分自身に「主人公」と呼びかけて、「はい」と返事をしていたそうだ。

目を覚ましているか、人に惑わされていないか、と自問する。

本来の自分の仏性から離れていないかを日々、確認していたということだ。


わたしは「主人公」という文字に圧倒されていたが、表面だけではわからない、深い意味を知った。


けれども、お稽古の合間にも、その堂々とした文字が目に入ってくる。

わたしのお手前を、わたしの中心に住む、もう一人のわたしが冷静に観ているように感じる。

「主人公」

気になって仕方がない掛軸だ。


そして、お菓子はというと「水無月」という名の、三角形の和菓子だった。

下層が白のういろうで、その上には、魔よけの小豆が乗っている。

一年の折り返しの六月をむかえ、半年間の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する、夏越祓(なごしのはらえ)の神事の時に食べるお菓子だそうだ。

葉っぱの舟に、ずっしりと乗っていた。

菓子を取り終わると、殻になったお皿の底に、うずまきの模様が現れた。

何とも涼しげだ。

素敵なことに出会うと、言葉にして言いたくなる。

けれども、ぐっとこらえる。


とても不思議な気持ちだ。

今あえて、言葉にしてもしなくていい。

それは心をくすぐられたサプライズ。


わたしは、この水無月の物語の中に入り込んで、愉しんでいる。

演劇、ひいては映画、さらには小説のよう。

物語が進行していくなかに、あえて言葉を挟みこんで、流れをさえぎらない。

情景の中に、想いを仕舞いこんだ。


やがてお稽古は終わった。

帰り道は、緊張感から解放されて心地よかった。


わたしは、この物語の主人公は誰なのと胸に問いかけてみた。

やはり、それは、わたし自身。

自分を生ききりたい。

そして、サプライズのように浮かんできた。

それは、わたしの中心に住んでいるもう一人のわたしだった。