小学生の頃からヨガに興味があった。
テレビで軟体人間のパフォーマンスを見た時、人間の底知れぬ可能性を見せられたようで、わたしにもヨガの柔軟度の高いポーズができるようになるかもしれないと思ったのがはじまりだった。
床に頭をつけて逆立ちするポーズにチャレンジしたが、刺激が強過ぎたのか、気持ち悪くなって、半日寝込んだ。
自己流では危険だとわかり、それ以来、このポーズは一度もやっていない。
中学生の時に、『ヨガの喜び』(沖正弘 著光文社)という本にであい、ヨガの哲学に魅了された。
そして『ヨガではじめる 瞑想入門』(綿本彰 著 新星出版社)の付属の瞑想CDの優しい語り口に導かれて、心と身体がゆったりとほぐれ、瞑想にはまっていった。
瞑想を続けるうち、外の世界の見え方も、少しずつやわらかいものへと変わっていったように思う。
ヨガのスタイルには、自力でコツコツ鍛錬する〈スートラ〉と、師匠との信頼関係をもとに導かれて進む〈タントラ〉がある。
わたしはスートラのスタイルでやってきたが、何度か、短期間、師と呼ぶような存在を求め、出会い、導かれた。
瞑想中に雑念が現れ、心があちらこちらへ行ってしまうのは当たり前のようにある。
瞑想中、ほとんど眠っていることもある。
それでも瞑想をすると、心身共にとてもリフレッシュされる。
生まれたての世界を見るような新鮮な感覚になったり、時間がやわらかく流れているのか、止まっているのかわからない、そんな不思議な感覚になったりする。
自動思考、反芻思考などの囚われから自由になっていくと、本来の感覚がよみがえってくる。
どこへいく必要もなく、何をする必要もない、ただ、今、ここ、という感覚。
内側には静けさがある。
はじまりと終わりの継ぎ目。
エネルギーが満ちる場所。
何もない、何も起こっていないように見えるそこに、全てがある。