環天頂アーク。
逆さ虹のことだ。
梅雨の頃に一度だけ見たことがある。
緑がいっぱい公園に、子供達を連れて行った時のことだった。
私は、話しかける人もなく、ふと空を見上げた。
空の真上、虹を見つけた。
たくさんの緑に囲まれ、ぽっかりあいた空に、逆さにかかる虹があった。
気象の知識の薄い私は、自分の目を疑った。
何度確認して見ても、その虹は逆さだった。
身体を折り曲げ、自分が逆さになった状態で虹を見た。
すうっと空に吸い込まれて行きそうで、重力が頭にズンとかかってきた。
ほんの一瞬、今いるここが天頂なのではないかと思った。
私は、虹をはるか上空から見降ろしている、そんなふうに思ったのを覚えている。
上下逆さまになると、脳はパニックする。
思い込みが打ち砕かれるため、危機感を感じるのだ。
見る方向を変えると、物事はまるで逆さに映りこむ。
この小さな事柄は、沢山のことに当てはまるようだ。
現象にたいして、それぞれの立ち位置で意味づけをする。
視点により、反転する。
私も苦しいこと感じることは、基本、逃げたいと思う。
でも逃げられない場合も多くある。
他者や環境など、外側の条件を否定しているようで、最終的に自分を責める場合がほとんどだったように思う。
そんな風なことがたくさんあった。
それでも今年は、自分のダメさをさらに否定するのでなく、乗り越えるのではなく、ようやくそれらを許し受け入れ、自分自身を抱きしめることができた年だった。
そして、気がついた。
私は自分の良ささえ、許し認めていなかった。
片方を否定すると、やはりもう片方も行き場をなくすのだ。
エネルギーの流れがようやく環状となり、流れ始めた気がする。
良さもダメさも認めていれば、時に、心は揺れるが、また中心へと戻っていくだろう。
私の良さとは?
それは、本当のところ、たくさんの先祖から受け継がれて、磨かれ、引き受け継いだ宝物。
では、ダメなところは。
それさえも、引き継ぎ、自分でダメというレッテルを貼り付けてしまったものなのだろう。
私は、亡くなった者たちからの意識や肉体の特徴を、取り混ぜこんだ意識と肉体のかたまり。
自分だと思っているのは、本当に自分だけのものでないようなのだ。
反転する世界のなかで、一つ一つを見つめてみる。
それらは、あのアークのように現れ、消えて、私を混乱させる。
そして、真実へと目を開かせようとするのだ。