帰省をして、久しぶりに銀座を歩いてきた。
下町で育った私は、銀座といえば、一番オシャレな服を着て、少しばかり背伸びをして出かける街だった。
久しぶりに来てみると、ずいぶんと変わっていた。
彩りがあるというか、多様性のある街になっていた。
海外高級ブランド、ファストファッション、一方で、和光や天賞堂、鳩居堂など老舗店の揺るぎない存在感もある。
松坂屋は、ギンザシックスへと変わり、多くの有名ブランド店が入っていた。
中央の吹き抜けの天井からは、草間彌生氏の作品、十四個のカボチャのバルーンが吊り下げられていた。
その存在感に圧倒される。
気分や感情にダイレクトに響いてくる。
何物かを説明できない分、本能の部分で察知するのだ。
膨らんでいく世界。
詰め込まれた様々な情報。
フワリと浮遊し、ひしめき合う。
白地の柔らかなフォルムに描かれた赤いドッドは可愛らしくもあり、整列する品の良さも、毒気も感じさせる。
今後さらに進化していく銀座の旗印のように感じられた。
ウインドウショッピングを楽しんだ帰り道で偶然、藤城清治氏の影絵展を見つけた。
2017年10月12日まで、教文館ビル9階、ウェンライトホールで開催されている。
少女、こびと、猫といった可愛らしいストーリー性のある影絵が並ぶなか、福島原発がモチーフの影絵も展示されていた。
喜怒哀楽がひしめく、色とりどりの作品。
光が焼きつける影。
光と影、極めて対照的だからこそ、互いの存在から目を離せないのだ。
作品を観た後に、私はレトロな雰囲気の漂うビルの階段を降りていった。
ほぼ、一人しか通れないほどの幅で、すれ違うには身体を斜めにしなければならない。
古びたコンクリートの壁。
年月が濃縮され、物語が染み込んだような懐かしい匂いがする。
螺旋状に階段は続く。
ステップをフワリと踏むリズムの連続に、私はタイムスリップした気持ちになっていった。
生まれる前へと、幼い頃へと、そして、これからへと、この階段はつながっているように思えた。
最先端をいく銀座と、昔の匂いを残す銀座。
ノスタルジックな気持ちは、以前の街の良さを手放したくはない。
けれど、この世界の進化と足並みをそろえて、新しく変わり続けていく。
打ち消しあうのでなく、ただ全体に埋もれるのでなく、しかたなく同調するのでなく、オリジナルな個を正々堂々と立ち上げていくのだ。
豊かさとは、多様性。
異質なものどうしが、許し、認め合う感性とバランス感覚。
そして、包容力。
多くのアーティストの作品世界のように、時を超えて存在し続ける、そういうアートのような街がいい。