孤独への道のり
前回の記事に書いたように
水泳大会で疎外感をうけた私は
とても傷ついていたのか
心を閉ざす方向に向かっていた
仲良しグループのメンバーの1人が
水泳大会のとき私が泳ぐはずだった
種目を代わりに泳いでいたのも
先生が仕組んだこととはいえ
その友達とも距離を置くようになった![]()
そりや、むかつくもんね
私より上手に早く泳げて先生から
当てにされて褒められてる友人を
嫌いになるわけよ![]()
自分1番じゃなきゃ耐えられない
という愚かな12歳だった![]()
その頃、事件が起きた。
私が委員会会長で頑張ってた
飼育小屋に深夜、野良犬が入って
鶏やウサギが被害に遭ったのだ![]()
生き残ったのはチャボとウサギ数羽
もう悲しくて悲しくて心が疲弊した![]()
それだけじゃない。
会長やら学級委員やらやってると
嫌われることもあるのか
電柱に「チヨコバカ」って私の名前を
書いて回ってるやつがいた
最初は誰かわからなかったが
犯人を突き止めた
仕返しに下駄箱の靴の中に
砂を入れてやった![]()
![]()
55歳の今でも思い出すと黒歴史
なんでそんな嫌な思いしなきゃ
いけなかったんだろう![]()
すっかり意気消沈
放課後、
1人でふらふら構内の空き部屋など
歩いていると、担任の先生が
1人キャンバスに油絵を描いていた
先生「チヨコさん、帰らないの?」
私「帰っても誰もいないから」
先生「それじゃ、一緒に絵を描く?」
私「そうする」
先生は女性が赤ちゃんを抱っこしてる
姿を油絵で描いていました。
私は用務員さんが育てた盆栽の
ツツジを見ながら描くことに
それから放課後は何度かそうやって
担任の先生と絵を描いていました
ある時、先生が「絵のモデルは
自分の奥さんと子供なんだよ」と言い
「今度先生のウチに遊びにおいで」
というので遊びに行くことにしました
「仲良しグループのメンバーと一緒に
おいでよね」というので
距離を置いていた友達たちと
日曜日に遊びに行きました
それ以来仲良しメンバーと仲直り
するのがセオリーなんでしょうが
相変わらずよそよそしさがあり
結局、秋の卒業アルバム撮影では
別のグループに入れてもらって
写真を撮らせてもらいました
それが決定打となってますます
孤立を深めて行きました![]()
小学校の卒業式の思い出といったら
歌を歌った記憶くらいでしょうか
友人たちと別れを惜しんだ記憶は
まったくありませんでした
むしろ、2度と行かなくて良いという
安堵感でいっぱいだったように思う
しかし中学はもっと地獄だってこと
この時は知る由もなかった![]()
春休みは1人自宅のベランダと庭の
掃除と手入れをして過ごしていた
55歳の今と同じだなと
なんだか可笑しな気持ち
結局、小学校で学んだことは
人は思い通りにならぬもの
自分は1番になれない
世の中は理不尽なことばかり
という残念なことでした![]()


