2025-05-20

 前回、太陽のXフレアも出ていないのに、頭がクラクラすると書いたとたん、翌日から二日間Xフレアが噴出しました。これはもう、予感と言うか予兆と言うか、多分惑星同士のコミュニケーション電子が(メールのような)飛び交っているのだと思うのですが、それを受け取った地球のコアがその受け入れ準備を整えていると思うと、内部からの出力があれば当然住人は感電する人もいるでしょう。

 ただ、今までのXフレア後における天変地異に関していえば、確かに地震や竜巻は起きているけれど、想定内の感じで特に「特別な今回」という感覚は有りませんでした。でも、中程度の地震は各地に起きていて、予断は許されない状況にあります。今回はとても意味のあるフレアです。

 

 Xフレアが噴いた翌日の16日、今までの人生で特別のパワーチャージを受けたお礼として、最後に詣でてみたい神社があり、若い人たちが私を三峰神社奥の院に連れて行ってくれました。奥の院は鎖場もある結構な山場なので、迷惑をかけないようにと1カ月間仕事帰りのバス停を3駅分早歩きで歩くということを自分に課し、脚力を頑張りました。なぜなら、何もしないとどんどん衰えていってしまうので、普通に歩いているだけでコケたり、足の指先やふくらはぎがつったりしてしまい、老化をひしひしと感じるのです。3駅分歩きは、慣れてきたら早歩きや大股歩きを取り入れ、ふくらはぎ筋肉強化に励みました。

 その努力と一緒に詣でた仲間のおかげで、無事登りきることが出来て感謝を伝えることが出来ました。秩父のこの神社は、私にとって特別な場所であり、ここへ導いてくれた秩父生まれの岡田タモさんのお陰でした。

 今から30数年以上前に、互いに未知の分野のアーユルヴェーダの学びに勤しみ、切磋琢磨して日本人に合うシステムを開発し、お互いにアーユルヴェーダの普及に努めていきました。秩父に行くたびに、秩父神社や三峰神社に詣で、充電してきたのです。

 

A B C

A大好きなクルミ蕎麦。秩父のそばが最高に好きです。まずは腹ごしらえから。 B、全国でも珍しい国常立を祀る社。三峰神社本宮の横。C、奥の院。(本宮から女性の足で75分くらいで到着しますが、結構山道です。)

 

 でも過去に、参るたびにものすごいパワーやご縁等を頂くので、最後に今までのお礼を詣でるために行けたらなあ、と思っていました。この年齢になると、あの場所に山に一人で詣でるのはちょっと危ないかも・・と感じる年齢になり、誰かが一緒に行ってくれたらなあと思ったら、なんと3人もの参加者がいてワイワイと詣でることが出来たのです。

 もし転んだりしたら、骨折したり脱臼したりと、シルバーの仲間入りをしているので、若い時のようにはいかないために、これはとても安心材料でした。いくら気が強くても、肉体は言うことを聞いてくれないため自分の体をきちんと俯瞰することが出来ないと、迷惑をかけてしまう・・。気張りました。「登れない!お尻押して~」「手を貸して~」「助けて~」ちゃんと、頼みました。

それで無事に昇って降りることが出来ました。あ~、お腹もすいた~。

 

 参加者の中に、神社マニアがやはりいて、たくさんの質疑応答の中アマ族のことも知っていて、ものすごい交流ができたことにも救われました。

 これは、30年前に三峰神社で御祈祷をしてもらった時、太鼓の音で気が遠くなり、玉ぐし奉納の時の柏手がことのほか響き、帰ったら左手中指につけていたこの指輪が全然抜けなくて、やっとの思いで抜けたらこんなに変形していたのです。この指輪には、北斗七星をかたどったダイヤがデザインされているのです。

 秩父神社は天御中主を祀る北辰信仰(北極星)であり、そのガイドが北斗七星。三峰神社は北斗信仰の天台宗の教義場でもあったことを今回知り、あの時意思を伝えたいエネルギーが渦巻いていたのだなあ、と改めて感じました。

 あれから30年以上たち、私はたくさんの知り得なかったことを知れることになりました。知識も、経験も、宇宙も、神も、仕組みも、教義も、人生も・・。全てがタイミングによって計られ、一人では知り得なかった出逢いや別れやさまざまな決断も含めて、「その道」を辿ってきたと思います。

 そのストーリーを作るタイミングを作り計らうのは、「天」だけ。自分が成長し成熟し、理解力が増して次の準備やススミの覚悟ができた時、タイミングはやってくる・・。そうやって私の人生は紡がれています。

 傍から見たら、「失敗」に見えるかもしれない。でも私は、たくさんの「失敗」を重ねた中で得た教訓の中で「成就」と観じている。だって、失敗しなければ見えなかった人の本心や世界の仕組み、宇宙の在り方、本当に大切なことがたくさん見えたから。

何より、こんなにダイレクトにアーリオーンや神々のバイブレーション、そこから導かれた「人生の意味」に触れることが出来た経験は、語りつくせないほど。

 そして、渡せる人に確実にバトンをつないでいく・・。その走者がちゃんとでてくるのも、宇宙の計らい。人生の晩年になって、このことが集大成としてとてもよくわかる、今回の「詣で」でした。在り我答。