人は
1日に約6万回、思考している と言われています。
起きている間だけじゃない。
眠っている間も、
良いも悪いも関係なく
その思考は 潜在意識に蓄積され続けている。思考が溜まれば、現実になる
良い思考が溜まれば
→ 良い現象化
悪い・ネガティブな思考が溜まれば
→ 嫌な現象化
これは例外なく、起きる。
そしてそれは
先祖 → 親 → 子
という流れでスライドしていく。
それが
「家系の良因縁」
「家系の悪因縁」
と呼ばれるもの。でも、ほとんどの人は耳を貸さない
正直に言うと
こういう話を
真剣に聞いてくれる人は、少ない。
私の親も、もれなくそうだった。
だけど今振り返ると、
それも全部含めて、こう整理できる。
親の状態をつくっていた3つの要因
① 私自身の思考が現象化させていたもの
② 親の親(=先祖)からスライドしてきたもの
③ 親が、親へ向けて“小さな子どもの感覚のまま誤解し”、
それをまたスライドさせていたものこの①②③を
「どれか一つ」ではなく
全体として同時に把握する。
これが、めちゃくちゃ重要。
エゴマインドともいうけれど、
思考の暴走が止められなくなり、
強制終了として入った、父の交通事故
父は交通事故に遭い、
一生寝たきりになる可能性が高い状態になった。
これは
残酷な出来事でもあり、
同時に 人生の強制終了スイッチ でもあった。
ここで私は魂先生として
①②③を把握した上で
同時に動かす という選択をした。
病院トラブルと、現実の反転
病院のルールで転院して
4日目。
父がトラブルを起こした。
主治医からは
一方的に
威圧的に
責められた。
正直、かなりキツかった。
でも、そこから
(詳細は割愛するけれど)
奇跡のような出来事が次々と起きた。そして後日。
あれほど威圧的だった主治医が、
こう言った。
「こんなことになって、申し訳ありません」
病院側が謝る。
これは、そうそう起きない。それは「父の写し鏡」だった
その瞬間、腑に落ちた。
ああ、これは父の写し鏡だ。
目の前の父は
罵詈雑言を吐きまくり、
私が
「約束したじゃん」
「いいって言ったじゃん」
と伝えると、
父は本音を吐き出した。
「本当は感謝なんかしてない」
「本当は、仕方ないって諦めなきゃいけないと思ってただけ」
……すごいでしょ(笑)
でもこの
本音のキャッチボール を
私と母で受け止めた“あと”だった。「申し訳ない」は、吉兆だった
なぜ父は交通事故に遭ったのか。
こんなにも家族に愛されているのに。
でも今ならわかる。
主治医の
「こんなことになって申し訳ない」
これは
父の中にずっと溜まっていた
言えなかった言葉の現象化。
だからこれは
不幸のサインじゃない。
吉兆。思考が動き始めた証拠。
因縁が、ほどけ始めた合図。
ずっと
威圧的に父に
押さえつけられ続けてきた母が、
病院側にも父の監視に来ないなら家に連れて帰れと言われ、
萎縮していたが、
土曜の朝、病院を出るときにこう言ったらしい。
「3日後には出て行く用意しなきゃいけないから、
土日の2日間は病院に来ません」
……って言って、帰ってきたらしい(笑)
いやもう、
革命じゃない?
前日に母は私に褒められて
「言ったら怒られると思った、こんなに褒めてくれるならもっと早く言えばよかったって」
母が「妻」として「母」として、初めて言えた言葉
きっと母は、
妻になってから
母になってから
初めて 言えたんだと思う。
「もう嫌だ」
「やめる」
って。
今までの母はずっと、・しょーがない
・諦めるしかない
・仕方ない
この言葉を
自分に言い聞かせ続けてきた。
父は、母の「写し鏡」だった
でも気づいた。
それらの言葉は、
母が父に投影していたものでもあった。
父の
怒鳴り声も
威圧も
支配も
全部、
母が飲み込んできた自分虐待の感情の写し鏡。
だからこそ。
母が
「行かない」
「無理」
「もう嫌」
を選択した瞬間、
世界の力関係が
静かに、でも確実に
ひっくり返った。
因縁がほどける音は、こんなふうに静か
怒鳴り合いでもない。
喧嘩でもない。
ただ、
行かないという選択。
それだけで
因縁は動く。
父も
母も
私も
それぞれの立場で
長年抱えてきた思考が
ようやく
外に出る準備を始めた。
これは
終わりじゃない。流れが変わった合図。
とことん向き合った先に現れた言葉
そして、もう一つ。
これは
とことん受け入れて
とことん向き合った
何よりの証だと思っている。
交通事故の
保険交渉をお願いしている代理人が、
あるとき、さらっとこう言った。
「とことんやってあげるから」
……普通、こんな言葉、出ない。
仕事として
淡々と進める人も多い中で、
人として、覚悟ごと引き受ける言葉。
1日に約6万回、思考している と言われています。
起きている間だけじゃない。
眠っている間も、
良いも悪いも関係なく
その思考は 潜在意識に蓄積され続けている。思考が溜まれば、現実になる
良い思考が溜まれば
→ 良い現象化
悪い・ネガティブな思考が溜まれば
→ 嫌な現象化
これは例外なく、起きる。
そしてそれは
先祖 → 親 → 子
という流れでスライドしていく。
それが
「家系の良因縁」
「家系の悪因縁」
と呼ばれるもの。でも、ほとんどの人は耳を貸さない
正直に言うと
こういう話を
真剣に聞いてくれる人は、少ない。
私の親も、もれなくそうだった。
だけど今振り返ると、
それも全部含めて、こう整理できる。
親の状態をつくっていた3つの要因
① 私自身の思考が現象化させていたもの
② 親の親(=先祖)からスライドしてきたもの
③ 親が、親へ向けて“小さな子どもの感覚のまま誤解し”、
それをまたスライドさせていたものこの①②③を
「どれか一つ」ではなく
全体として同時に把握する。
これが、めちゃくちゃ重要。
エゴマインドともいうけれど、
思考の暴走が止められなくなり、
強制終了として入った、父の交通事故
父は交通事故に遭い、
一生寝たきりになる可能性が高い状態になった。
これは
残酷な出来事でもあり、
同時に 人生の強制終了スイッチ でもあった。
ここで私は魂先生として
①②③を把握した上で
同時に動かす という選択をした。
病院トラブルと、現実の反転
病院のルールで転院して
4日目。
父がトラブルを起こした。
主治医からは
一方的に
威圧的に
責められた。
正直、かなりキツかった。
でも、そこから
(詳細は割愛するけれど)
奇跡のような出来事が次々と起きた。そして後日。
あれほど威圧的だった主治医が、
こう言った。
「こんなことになって、申し訳ありません」
病院側が謝る。
これは、そうそう起きない。それは「父の写し鏡」だった
その瞬間、腑に落ちた。
ああ、これは父の写し鏡だ。
目の前の父は
罵詈雑言を吐きまくり、
私が
「約束したじゃん」
「いいって言ったじゃん」
と伝えると、
父は本音を吐き出した。
「本当は感謝なんかしてない」
「本当は、仕方ないって諦めなきゃいけないと思ってただけ」
……すごいでしょ(笑)
でもこの
本音のキャッチボール を
私と母で受け止めた“あと”だった。「申し訳ない」は、吉兆だった
なぜ父は交通事故に遭ったのか。
こんなにも家族に愛されているのに。
でも今ならわかる。
主治医の
「こんなことになって申し訳ない」
これは
父の中にずっと溜まっていた
言えなかった言葉の現象化。
だからこれは
不幸のサインじゃない。
吉兆。思考が動き始めた証拠。
因縁が、ほどけ始めた合図。
ずっと
威圧的に父に
押さえつけられ続けてきた母が、
病院側にも父の監視に来ないなら家に連れて帰れと言われ、
萎縮していたが、
土曜の朝、病院を出るときにこう言ったらしい。
「3日後には出て行く用意しなきゃいけないから、
土日の2日間は病院に来ません」
……って言って、帰ってきたらしい(笑)
いやもう、
革命じゃない?
前日に母は私に褒められて
「言ったら怒られると思った、こんなに褒めてくれるならもっと早く言えばよかったって」
母が「妻」として「母」として、初めて言えた言葉
きっと母は、
妻になってから
母になってから
初めて 言えたんだと思う。
「もう嫌だ」
「やめる」
って。
今までの母はずっと、・しょーがない
・諦めるしかない
・仕方ない
この言葉を
自分に言い聞かせ続けてきた。
父は、母の「写し鏡」だった
でも気づいた。
それらの言葉は、
母が父に投影していたものでもあった。
父の
怒鳴り声も
威圧も
支配も
全部、
母が飲み込んできた自分虐待の感情の写し鏡。
だからこそ。
母が
「行かない」
「無理」
「もう嫌」
を選択した瞬間、
世界の力関係が
静かに、でも確実に
ひっくり返った。
因縁がほどける音は、こんなふうに静か
怒鳴り合いでもない。
喧嘩でもない。
ただ、
行かないという選択。
それだけで
因縁は動く。
父も
母も
私も
それぞれの立場で
長年抱えてきた思考が
ようやく
外に出る準備を始めた。
これは
終わりじゃない。流れが変わった合図。
とことん向き合った先に現れた言葉
そして、もう一つ。
これは
とことん受け入れて
とことん向き合った
何よりの証だと思っている。
交通事故の
保険交渉をお願いしている代理人が、
あるとき、さらっとこう言った。
「とことんやってあげるから」
……普通、こんな言葉、出ない。
仕事として
淡々と進める人も多い中で、
人として、覚悟ごと引き受ける言葉。