「王の王と白龍」

眠る人類に向けた“天の呼びかけ”であり

神様の前に立ち帰るためのメッセージです。


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証言
柳光烈
あなた様の日に、私の日に

12.十枚の表彰状にもまさる御言

青坡洞一街の本部教会で、ある明け方礼拝の後のことだった。先生は、私の悪い性格について、「これは口でぐちゃぐちゃ噛んで吐き出してこそ、やっとすっきりするような性格だ」と言われながらも、

「その性格で、その環境の中で、しつこくついて来るものだな。もう落ちたかと思って振り返れば、またついて来て、またある程度行って振り返れば、やはり依然としてついて来ている……。ある時は、ふと先生が申し訳なく感じる時がある」

と語られた。

私は、この御言は十枚の表彰状にも及ばないほど尊いものだと思った。そして私は、その時すでに受けるべきものはすべて受けたのだと信じている。

一九六八年、私が祝福を受けて数日後のことである。青坡洞(チョンパドン)の二階のベランダで、私だけであったか、あるいはもう二人ほどいたかは定かではないが、その場で先生は、

「ああ、もう私もやるべきことはすべてやった。光烈(グァンリョル)の祝福までしたから」

と語られた。その時の先生のお姿が、今も思い浮かぶ。

どれほど私が先生の悩みの種であったならば、私のことで、先生ご自身がなすべきことをすべて成し遂げられたようなお気持ちになられたのだろうか。

何と言っても、私にとって最もやりがいがあったことは、一九五五年の御生誕日から二十六年間、毎年その日に書いて朗読してきた祝詩を集め、一九八〇年の先生の還暦に、一八〇ページに及ぶ私製詩集を作り、記念としてお捧げしたことである。

またこの時、私たちの教会の中でも誰よりも目覚ましい活動をされていた方が、この話を聞き、匿名で快く出版費を援助してくださった。そのありがたい方の、み旨を思う心情に対しても、私は感謝の念に堪えない。

私はこれまで、自分の性格のゆえに、また家庭の事情のために、心が辛く苦しい時を数多く経験してきた。しかし二十八年間、文章を書き続ける中で、ひとたび筆を取れば、不思議なことにすぐ正常な姿勢へと戻ることができた。

だからこそ、私が書いてきた文章の中には、手薄に、あるいは不誠実に書かれた部分はほとんどなかったはずである。

どう考えてみても、これは天の役事によるものだと感じており、私は深く感謝している。

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