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動画『キリスト教、真の愛の弁証学』(2022年
9月12日)より、井田講師の温かく情熱的な語り口、そして深く心に染み入る感動的なメッセージをお届けいたします。
🔸 ために奉仕する自己犠牲の愛、真の愛が世界を救う。
今日は「キリスト教の弁証学」、とりわけ**「真の愛の弁証学」**という題目で、少しの時間、皆さんと共にお話を分かち合いたいと思います。
「弁証学」だとか「弁証法」などと言いますと、どこか難しくて堅苦しい学問のように感じられるかもしれません。しかし、決してそんなことはないのです。いたって簡単なことなのです。なぜなら、私たちが日々の生活の中で経験しているその営みの内容、それ自体がすでに「神様の愛」を証明する弁証学の材料そのものになっているからであります。
🔸練り固められて生まれる「真の味」
かつて、二代王様(文亨進師)が日本の天正宮(チョンジョングン)におられた時のことです。私たちはその場所で、つきたてのお餅をいただきました。お父様のお話を1時間あまり伺いながら、そのお餅をいただいたのです。
その時のお餅は、それはそれは本当によく伸びる、美味しいお餅でした。
話を聞くと、最初は蒸したもち米を臼の中に入れて、いきなりガツンガツンと突き始めてしまったそうなのです。するとお父様は、「これでは出発が悪い」と教えてくださいました。
私自身、農家の生まれですから、かつて父親や姉が一生懸命にお餅を突いている姿をずっと見てまいりました。お餅というのは、最初からいきなり突いてはいけないのです。
まずは、きねの重みを使って、もち米を「こねるように、練るように」していくのです。粒がなくなるまで、とにかく徹底的に練って、練って、練り上げる。この「練り」のプロセスがあって初めて、きねを高く持ち上げてトントントンと突いたときに、お餅が飛び散ることもなく、本当にモチモチとした、粘り気のある美味しいお餅が完成するわけです。この日常の小さな一コマの中にも、本質へと至る大切な深い教えが隠されています。
🔸万物と人間に注がれた「神の創造の心情」
世間の学校では、自然界の仕組みをただ「進化論」という技術的・物質的な視点だけで教えようとします。アメーバのような単細胞生物から始まって、途切れることなく人間に至ったという系統樹の理論です。
しかし、「なぜ生命がそのように精巧に存在するようになったのか」という本当の理由は、神様という根源からの説明、すなわち**「創造論」**の中にしかありません。
神様が実在され、神様の心情が「愛」となって、この世界を溢れるばかりの愛によって創られた。私たちは自然界を見つめる時も、人間関係を見つめる時も、そして自分自身を見つめる時も、この「神の愛と心情」という原点に立って見つめ直さなければならないのです。
私たちは、何か大きな壁や困難にぶつかった時、どうしてもマイナス思考に陥ってしまいがちです。「ああ、もうダメだ。やらなければよかった」と後退してしまう。しかし、それでは混乱がさらに大きくなるだけです。
偉大な先人である稲盛和夫氏もこのように言われました。「これから人口が増え続け、食糧問題やエネルギー問題といった大きな試練がやってくる。その時に大切なのは、エゴ(利己主義)を捨てることだ」と。二つの利己主義がぶつかり合えば、そこには矛盾と争いしか生まれません。必要なのは**「利他主義(人のために生きる心)」**なのです。
それは、大きな海を渡る船の「帆」のようなものです。船を遥か遠くの目的地へと進めるためには、高く大きな帆を掲げなければなりません。そして、その帆が風をいっぱいに受けることで、船は力強く前進します。私たちが「人のために尽くそう」とする利他主義の信念、その情熱や動機はどこから来るのでしょうか。それは、私たちが心という帆を高く掲げた時に、神様が注いでくださる「真の愛のエネルギー」という風に他ならないのです。
🔸目に見えない神様を「心」で感じる
目には見えない神様。手で触れることもできない神様。しかし、神様は確かに「生きて、ここにいらっしゃる」のです。
私たちが神様を感じる世界、それは私たちの「心の中心」にあります。肉体の手で触れて握りしめることよりも、肉体の目で見て認識することよりも、もっと本質的で深い実在の世界がここにあるのです。神様の心情が、愛の流れとなり、波動となり、この宇宙の出発点から脈々と流れています。
真のお父様が、目に見えるそのお姿を通して私たちに命がけで教えてくださった愛。それは、反対する者さえも生かし、憎むべき者さえも赦し、抱きかかえる愛でした。それは単に相手の過ちを甘く認めるということではありません。その人の本当の使命や未来の痛みを我がことのように心配し、祈り、一つに結ばれていくこと。それこそが**「真の愛」**なのです。
私たちは、神様の心情、真のお父様・お母様の深い愛を中心として、一つに結ばれるサンクチュアリ(聖殿)とならなければなりません。「意見が合わないから共に歩めない」とか「あの人が嫌いだから離れる」といったことは、絶対にあってはならないのです。なぜ意見が違うのか、その根本を神様の心情に照らし合わせ、突き詰めて、突き詰めて、兄弟姉妹が深く話し合い、共有しながら、本当の愛の道を共に探していかなければなりません。
もし私たちが今、この愛を相続できなければ、これから世界中から「真理」を求め、「真の愛」を求めて多くの人々が集まってきた時、私たちは彼らを受け入れることができなくなってしまいます。
お父様が私たちに示してくださった愛は、海よりも深く、山よりも高く、この138億年という宇宙の歴史よりも、もっと広い包容力を持った愛です。神様は私たちに、すべての人を優しく包み込めるような「大きな風呂敷」を持たせてくださいました。どうか私たちは、この「愛の弁証法」「真の心情の弁証学」を自分自身のものとしてしっかりと握りしめ、多くの人々が神様とお父様の真の愛を知ることができるよう、その歩みを力強く進めてまいりましょう。
今日というこの貴き時間を守り、導いてくださったすべての恩恵に、心からの感謝を捧げます。私の至らない言葉や表現をどうぞお赦しいただき、皆さんの心の中心に神様の聖なる心情が深く連結されますよう、心よりお祈り申し上げます。アージュ。
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