アメリカ合衆国の鉄道の歴史はイギリスと並んで古く,1830年代には蒸気機関車の運行が始められている。路線が充実し,馬車や川蒸気船に取って代わった1900年前後の数十年間がその全盛期で,旅客輸送に関していえば,国内輸送のシェアの9割を占めたといわれている。1916年には路線長がピークに達し総延長が40万キロとなる。その後は自動車や飛行機の発達で特に旅客輸送において衰退するが,貨物輸送においては陸上輸送の主役を務めている。2006年の時点における総路線長225,500kmは世界最長である。
アメリカの鉄道の一番の特徴は,創業期から民間企業によって運営されていた事で,その例外は,第一次世界大戦下のUSRA,北東部の各鉄道会社の経営危機によって設立された貨物鉄道公社コンレール,旅客輸送を担うアムトラック,各都市圏の都市交通事業者など一部でしかない
近年では鉄道会社の統合が進んでいる。幹線鉄道を運営する一級鉄道は,かつては数十社あったが,現在では統合が進み,8社のみの存在となっている。旅客輸送を行うアムトラックは,ワシントン~ボストン間と,ミシガン州の一部に独自の路線を持つのみで,残りの列車はこれら8社の線路を借りるかたちで旅客列車を運行している。なmo
お,この8社とアムトラックの他に,近距離輸送を行う中小の鉄道会社が無数に存在する。(以上は,Wikipediaより)
アイオワ州の首都にある鉄道の駅でもホームらしきものはない。上の記事のように,鉄道の全盛期の総路線長が2006年には半分近くなってしまった痕跡がこの近くで見られた。かつての線路がそのまま残されているものから推測すると,現在のこの市にはほかにも少なくとも2路線はあったようである。
ある日,友達から,駅に迎えに来てくれと電報が届いた。この電報の宛先はアイオワ州立大学の私宛てであった。これで私の自宅に電報が着くのだから驚きである。
汽車が着く予定の時間に駅に行った。時間に汽車が来ない。駅員にいつ来る予定か聞いたところ全く分からないと言う。不思議なことである。汽車が着いたのはなんと2時間以上たってからである。
この時,映画で見るようなシーンが見られた。列車の前で,若い男女がしっかり抱き合って長いキスをしていた。キスが終わると,女性は足早に帰途に就いたが,後ろを全く振り返らなかった。男性はすぐに汽車に乗り込んで女性を見送ることはなかった。
2年前,アメリカに来た時に乗車したロサンゼルスの駅は,実に広くて,きれいなすばらしい駅だった。さすがアメリカだなと思った。立派なホームの両側に,長い列車が停まっていたが,駅を出てからこの長い列車は繋がれたようであった。そして途中で一部切り離されたようであった。客車も立派なものであった。この長距離列車はシカゴまでで,アメリカ横断の列車はないようだった。
この時のことはブログ(15)~(19)をご覧ください。