近くの文京区立図書館で行なわれた文学講座を聴きに行ってきた。題は「東京オリンピックを書いた作家たち」で,講師は東京学芸大学の石井正己教授だった。
資料として,三島由紀夫,杉本苑子,有吉佐和子,曾野綾子,中野好夫の,オリンピックに関する文章が印刷されたものをいただいた。それを頂けただけでも今日の講座に参加して良かったと思った。
三島由紀夫は,開会式を見て,式場のアンツーカーの走路,緑のフィールド,そして各国の衣服の色彩の美しさを描写している。杉本苑子もその美しさは想像を超えていた。色彩の饗宴であると書いている。しかし,彼女には次のような思いがあった。
「二十年前のやはり十月,同じ競技場に私はいた。女子学生の一人であった。出征してゆく学徒兵たちを秋雨のグラウンドに立って見送ったのである。オリンピックの開会式の進行とダブって,出陣学徒の壮行会の日の記憶が,いやおうなくよみがえってくるのを,私は押さえることが出来なかった。音楽はあの日もあった。しかし,色彩はまったくなかった。学徒兵たちは制服,制帽に着剣し,ゲートルを巻き,銃を担いでいるきりだったし,グラウンドもカーキ色と黒のふた色――。暗鬱な雨空がその上をおおい,足もとは一面のぬかるみであった。私たちは泣きながら征く人々の行進に添って走った。髪もからだもぬれていたが,寒さは感じなかった。おさない,純な感動に燃え切っていたのである。」
曾野綾子は,オリンピックについて,そして選手育成の仕方などについて批判的に書いている。「このたびのオリンピックで,主婦にとって最大のニュースは野菜の値段が上がったことではなかったろうかと私は思っている。給料が1万数千円の時に,キュウリが一本二十五円,キャベツが一個百五十円ときいたとき,私は革命がおきたほどに驚きあわて,どうしてこんな国家存亡の時に,向こう三軒両隣のオクさんたちは平静な顔をしていられるのであろうかと,いぶかしく思った。」国家予算三兆円の三分の一を使ったオリンピックに批判的だった。
中野好夫は,オリンピック中は騒々しい東京を離れて別荘でテレビを見ていた。しかし,パラリンピックを見に行き,そして観戦記を書いたただ一人の作家だそうである。
パラリンピックの開会式後,皇太子と美智子妃殿下が,親しくフィールドに降り立って,各国代表選手と握手し,励ましてまわられたのはよかった。わけても,大分障害の程度の高そうなメキシコ代表の前で,ひとしきり長く何か話しておられたのは美しかった,と書かれている。これが国民と親しく話されるようになった原点ではないかと思う
講演の途中で,記録映画「東京オリンピック」の主なところも見せてもらうなど,大変すばらしい講演で,出席して満足でした。
ここに挙げた作家の原文,またその他の作家の原稿に興味のある方は,石井正己編著「1964年の東京オリンピック」(河出書房新社)をご覧下さい。