(月刊『家庭科教育』199512月号より)

 先日,住宅展示場でモデルハウスを見てきた。ワイフがモデルハウスを見に行こう,見に行こうとよく言うのであるが,私はあまり気が進まなかったので久しぶりであった。住宅展示場のちらしにも,展示場の入口にも「お気軽にご覧ください」と書かれてはいる。しかしとても気軽に見るという気分になれないのは係りにずっと付きまとわれるのがいやだからである。

 今回見学したのは,新しく作られた住宅展示場で,10社ほどが一棟ずつ展示してあるものであった。

 これらのモデルハウスを見学した印象は,いずれの家も高齢者のことを十分に考えた設計であるということであった。段差が全くなく,ゆったりした階段に,そして必要と思われる所にはすべて手すりが取り付けられていた。風呂場も手すりがあるのはもちろん,お年寄りが安全に,容易に入浴出来るような工夫がされていた。廊下は車椅子でも楽に通れるように幅広く,また部屋と廊下の境など,どこにも段差がなかった。和室と廊下の境にさえも。どの部屋もよく考えられた造りで,いずれもすばらしい家であった。

 見学が終わると,例により,アンケートを取られた。住所,氏名,電話番号はもちろん,建築予定時期,予算などを細かに記入させられた。建築予定時期の所には「改築は私が死んだら」と書いておいた。こう書いておけば,建築時期の見通しが決まりましたかなどと,その後何回も,長年にわたり電話を掛けられなくても済むと思ったからである。しかしその考えは甘かった。各社ともに,2日後には見学のお礼の手紙が来て,そして3日後には電話で建築の見通しを聞いてきた。この先が思いやられる。

 このような商売熱心さが,住宅展示場を気軽に見学出来ない私の理由である。

(追記,20121011)

 その後何年も各社から時々電話がかかった。私の答えはいつも「私はまだ生きていますから」であった。近年は,ほとんど電話は来ないが,手紙は来ている。我が家は築四十数年,近所では最も古い家になってしまったが,昔風の家で夏涼しく,冬暖かい家で快適である。残念ながら妻が3年前に亡くなってしまったので,もう改築することはないであろう。