二項対立、二元論についてです
この「世界を現象化させる仕組み」が出来上がる原理はこうです、、、
誤解を恐れず超わかりやすく書きますので、ニュアンスとして感じてくださいね
私をドーナツ状の中の空洞とします
その周りを世界が展開しています。これはエネルギーです
エネルギーがドーナツのパンの部分です、それが回転運動運動をしていると想像してください
それが日常の現象です
この地上で一番強力な固定観念は何かと言えば、「時間、空間」です
これが在るから世界が成り立ちます
時間で言うなら、さっき聴いた音楽と今聴いている音楽が同時に聞こえたら現象とはなりませんw
観る側(私)と観られる側という関係が生まれる
そのドーナツのエネルギーが、うねりながら回転運動をしているとします
現象のエネルギーが、うねりながら回転しているのです
実際には誰も見たことがないので、あくまでイメージです
で、時間、空間が在るために、観る側からすれば、片側から観れば右廻り、反対側から観れば左廻りの異なった現象と捉えてしまいます
これが、プラスとマイナス(陰と陽)(光と影)となり、本来はひとつのものから二項対立の意識の世界を創り出す原理となります
ちなみにこれは宇宙から観れば「特殊な」世界なのです。この世界を出来るだけ客観的に観ることができれば良いのですが、それをするのにはなによりも「意識の転換」が必要なのです
で、これ何かを思い出しませんか?
日本神話の国産みです
この国とは物質世界の陰と陽、二項対立のことです
男神の伊弉諾尊と女神の伊弉ノ尊が、天御柱の周りを廻る話です
私の理解ですが
二人の神がエネルギーをくるくる回して、物質を構成するエネルギーを創り、その中にポツンと放り込まれたわたしは、時間と空間という固定観念のおかげで
上や下、右や左、大きいと小さい、遠い近い、愛と憎しみ、善と悪、挙句には幸せと不幸せまで、感じるようになる、、これが現象を創る原理です
逆にこれらがなければ生きているとはならないです。
で、例えば増悪は愛とは対極となりますが
そうではなく、愛の一番未熟な表現なだけです
「絶対愛」という共通のエネルギーが在るだけです
この話の結論はですね
「今ここ」には時間と空間は存在しません
つまり、二元ではなく、唯一実在するものは一元となるのです
上を見ている瞬間は下は「存在しない」、、のです
幸せと名付けられた概念の中に不幸が在るだけです
ただ肝心なことは、そこに意味はなく、
例えば「私は不幸だ」、、、それだけ、ということです、だから幸せになりたいと思うのが二元論の意識で在るので
「私は不幸だ♩」と笑っていれば、あとは釈迦曰く「心配するな、なんとかない」ということです。
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