人は求めたものを得るのには「何かをしなければいけない」と、無意識に考えますし、どこかで誰かに教えられています

この求めは
車や宝石や家を買うや、お金を貯めて念願のハワイ旅行へ行くとかの他に
「誰かの欠点を直してあげなければいけない」「あの人の悪いところを正さなけきゃ」これも自分が誰かに求めることです

自分に対しても
「私のここを治さなきゃいけない」
「あんなこと、次は言わないようにしなければいけない」
「私はなんの能力もないから、なにかの能力をつけなければいけない、」

これも自分が自分に求めることです
たくさんありますね

肝心なことは、もしそれが叶った時(ほとんど叶いません)叶ったことに「幸せ」がくっついてくるのではなく、その求めることがなくなったことが「幸せ」の本質ならどうでしょう

人は常に何かを得ようとすることに努力しています
大事なことはその「何か」は、全て「自分の都合」です

一生懸命始末して、お金を貯めて
念願のレクサスが納車され、運転席に座った瞬間を想像してみてください。
その時私はこの瞬間以外他はなにも求めていません

レクサスの運転席に座った感触だけになっています

それ以外何もありません
何の求めもありません
ついでに「私」もありません。レクサスと一体になっています
「あー幸せ〜」です

細かいことを言えば人はずっと何かを求めています
例えば車を運転している時
向こうの信号が青その時「赤になるな赤になるな」と求め
前の車がチンタラ走っていると「もっと速く走れ」と求め
目的地まで「混んでないように」と求め

日常言い出したらキリなく何かを求めています

だから「しんどい」とは思いませんか、、、、

何かを求め、それが叶う
叶ったことが幸せではなく、求めることがなくなった瞬間が「幸せ」の本質の「側面」なのです

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