私達が在ると思っている世界は、本来存在しません
それは記憶です
あなたが五感で捉えた時のみ世界がそこに存在します
あなたの中に存在します
今私は家に一人です
嫁も子供3人も家にはいません、、ではなく私の中に存在しません
大吉(犬)がさっきまで足元でいたのですが、今私の五感からは消えているので、奴は存在しません
これは、量子物理学でも解明されています
世界というものは波状であるのですが、人が観察された時点で粒と変化する
簡単に言えばこうなります
つまり、あなたの五感の活動のないところには世界は存在せず、あなたの五感が感応した時点のみが世界となると言っています
これつまりはあなたの中にのみ世界が在るです
では、その波状(紐)の形が決められていて、それをあなたが見た時点で形となり見えるのかと言えばそうではありません
その波はありとあらゆる形にもなります
あなた、つまり観る側と観られる側の関係によりあなたの世界が形成されるのです
ではその形はどこが創り出すのか?
心と呼ばれる存在が創り出します
心でも脳でも魂でも構いません、本来のあなたが創り出しています
それを心とします
心像には全ての記憶が刻印されています
これは以前も書きましたが、その中には他の人の記憶も刻印されています。今生きている人だけではなく、人類の歴史の中で生きてきた全ての記憶が刻印されています
朝起きた時、昨日寝た時の状態です、ベットが反対になってたりはしません
記憶が創り出しています
あなたがソファーにねっ転がっている時は目に入っていないテレビはありません
右の方を向いた時初めてテレビが現れます
そこにテレビが在るという記憶が像を創り出しています
記憶とは超、超、超スーパーコンピュータなのです
外で犬の鳴き声が聞こえた時あなたの耳に犬が現れます。泣かなければ犬は存在しません
だから、あなたの感覚の捉えていない所では何もない、つまり何も起こっていません
実際さっきの犬、その犬が泣かなければあなたの中には犬などほんとに存在していません
例えば次男が今どこでいるのかと思考が働きました、これは私には次男がいて、今大学から帰路の時間だ、この時間なら京王線あたり?という記憶があるからです
ただの記憶です
実はこれは1500年前にとっくに仏教が説いています
〈唯識説〉
『唯識説では、私たちが認識する世界は、心によって作り出された表象(イメージ)であると主張します。これは、心の中にある「識」が、外界の情報を認識し、それを存在として捉えるという考え方です。』
当然そんなことはないと誰もが否定されると思います
それはそれ自体を感情が受け入れないだけです
家族がいない、愛する人がいない、私の歴史がない、
寂しさや憤りで否定しているだけです
思いもつかない世界を否定します
そんなことはありません
目の前に現れれば愛する家族です
それを理解すれば、より愛が深まるでしょう
本当の意味での一期一会となります
つまりは「今ここ」にしかあなたの世界は存在しないということです
ドーナツ状の中の空間にあなたがいると言うイメージです、あなたの近くには何もなくただただ静寂と愛が満ちています
そのドーナツそのもの(現象)に翻弄され中の静寂(実在)が感じられなくなっているということです
実在を感じるのは五感のみです
見える、聞こえる、味がする、におう、触れる
ここに集中することです
この五感のみが根源で在る神(わたし)の現れなのですから
応援よろしくお願いします
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