『例えば一瞬単位ではコーヒーを飲もうと思う前に腕がコーヒーを摘もうとしています
「コーヒーを飲む」は、後付けなのです」』
これは科学的にも証明されています。
『リベット教授は、被験者の脳に電極を指して、「指を曲げよう」と意識した瞬間と、「指よ曲がれ」という筋肉への指令が脳の運動野で出た瞬間を計測しました。結果は興味深いものでした。自分が「指を曲げよう」と意識するよりも、平均で0.35秒前に、筋肉への指令、つまり脳の活動が始まっていたというのです。』
カリフォルニア大学サンフランシスコ校、神経生理学教室のベンジャミン・リベット教授が行った実験より、、
コーヒーカップを取ると頭で決定する0.35秒前に手は動いている。
脳に電力をつけ、腕にもつけた結果、
「コーヒーカップを取る」と脳が反応する0.38秒前に手が動いてるということです
考える前に
身体が動いていると言うこととなります
つまり、脳は何かを行動した後0.35秒後に「私が動かしている」と、後から解釈しているのです
科学者によると
その0.35秒という時間が短くもなく、長くもない、ちょうど勘違いしやすい時間で、それより短くても長くてもダメだという結果まで出ているのです
つまり
先に働き、後に「私が決定した」としているのです
0.35秒など、私たちの感覚ではわからないですね
3秒なら間違いなく認識できますが、ちなみに時間は観念なのであってないようなもの(空)です
そうならどうでしょうか
例えば「あの時何であんなこと言ってしまった」とか
「なんで、あんな行動してしまった」は成立しませんね
全てが自動で動いていて、後付けとして「私」が決定したものとなるのです
だから
私達の日常、ほんの些細なことから重要なことの決定や行動は、0.35秒前に全て自動で終わっていると言うこととなります。
つまりは「錯覚」を起こして仮想で在る「私」を創り出して初めて人生という物語が成り立ちます
「私」を「私」だと認識しなければ人生は成り立ちません
では、その科学が言う「脳」が錯覚を起こさせているのか。
それは、脳なのか、魂なのか、それとも神、宇宙なのか?
観察するものとされるもの
いずれにしろ、それは
不安とか後悔とか恐怖、憎しみ、喜びを超越する事実というのは間違いないということではないでしょうか
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