私達は日常がずーと繋がっていると勘違いしています
実際には「今」が連続して起きている
つまり「永遠の今」があるだけです
それを、まるで過去から今そして未来へと繋がっているような思い込みを私達はしています
例えば「幸せになりたい」と今願ってるとします
その時に「今」はどうかと自分に尋ねて見て下さい
当たり前にある幸せをあげて見て下さい
呼吸ができている。
目が見える、家族がいる。食べることができる。
身体が動く。
音が聞こえる。
バカみたいに当たり前のことですが、それを幸せと仮定してみてください
そして
「幸せになりたい」は、なにを持って幸せになりたいのかを考えてみてください
大金持ちになる。
素敵なパートナーが現れる
目標を達成する。
これも人によって、色々ありますよね?
では、呼吸ができることか、大金持ちになることをどちらかひとつ決めて下さいと言われたらどうしましょう
言い方を変えれば「どちらが大事か」です
どちらが幸せですかね
呼吸ができるは「今」
大金持ちになるは「未来」
人はそのことを忘れているのです
「今」に意識を当てることができれば
「過去」や「未来」は当然頭の中にはありませんね
すると感情や感性が「今」に集約されるのです
呼吸すら感性が働き、呼吸に感動し
見えるものは鮮明になり、普段の景色や街並みに感動し、聞こえるものは数倍に心を動かすことになります
「呼吸ができる」
当たり前のことが、幸せになるためのものを遥かに超えるのです
私達は日常起こる現象の中には喜びのみ存在するのに、ほんの微かに足りないものに心を奪われています
思考が過去や未来へ導いています
過去や未来は何かを足さなければ幸せになれないという錯覚を生むのですが、「今ここ」にある至福の喜びには何も足す必要などありません
例えばスマホを見ながら道を歩いていて、急に水溜まりがありました
その時右足を普通に下ろしていれば濡れてしまうところをサッと避けて回避しました、、、、
凄くないですか?
こんなことできるのですよw
刺したらこんな当たり前に感動する
「今ここ」は人の身体の動きひとつひとつが凄いことに気づくのです
本当に
「それがどうしたの?」というところに感動や喜びが生まれる
それが「今ここ」への意識です
私達はいつも真理に触れているです
それを忘れているだけ
その意識を真我、普段の意識を自我とします
気づくとは、自我から真我に変化するのではなく、元々真我しか無かったのに気づくということです
張り切って押しましょう!
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