全ての現象が、私達の手の及ばないところで、ただ現れています
簡単に言えばこれが「縁起」です
私達が生まれた日、場所、天気、時間、何秒から重ねられた数億、数兆に及ぶ出来事、現象、思考が絡み合い、今私はこのソファーに座っているのです
そして、冷蔵庫の中に入っている「アイスクリーム」を食べようという思考が生まれるのもその重なりあった結果として生まれます
嫁と些細なことで口論となりました。
これは「言い方が悪い」とか「説明不足」とかですが、それは嫁がその言葉や言い方をするように至った経緯、育った環境(過去世、男女兄弟父母友先生など)など何十年に渡り重なった結果、その言葉を言うことになり、それを受けた私もその捉え方をするようになった経緯、環境、過去などが影響されていて、喧嘩になった「だけ」です
そして、その瞬間私と嫁が夫婦としてそこにいたという、ありとあらゆる全ての条件が重なり、そのシーンが現象化されたのです
絶対にそれしか現れないのです
例えばその時私の捉え方が少しでも違っていたら喧嘩にはなっていないのです
その捉え方は長年培った私にしかない捉え方なのです
そして全ての「瞬間」が「今」現れているということが重要です
もしも嫁の言葉に反応したけど、グッと堪えて何も言わなかった、もしくは別に気にもしなかったとすると喧嘩は起きなかったかも知れません、でもそれも「縁起」なのです。
言い方を変えれば「シナリオ」です
人生という物語は「それなりに」完結するようにできています
「色々あったけど、ありがとう」となるのです
それを自分でどうにかしようと躍起になり、思考が思考を人は悩み、不安になり、それでも自分でどうにかしようと頑張ります。
ここも言い方を変えれば
「自分の思うようにしたい」という自我(個人)意識が原因なのです。
最初の一歩は
思い通りにしようと思わないこと、、、、
これは、ほんの些細なことでも沢山あります。
例えば車を走らせていて向こうの信号が青、心で「赤になるな」と思わないこと。こんな些細なことは日常山ほどあります
その思い、願いも「思い通りにしたい」というエネルギーです
エネルギーは供給がなければ消滅します
いつのまにか、現象に流されるまま過ごしているということに気がついたりする瞬間が生まれます
特に変わるのは「気持ちが楽に」なる
ということです
心が軽くなれば、観えてくる景色も変わります
「木の緑ってこんなに綺麗やったっけ?」とか
「ここからの街の風景素敵だな」とか、、、
沢山意識が変わっていきます
心の中が空になればなるほど新たな意識がそこに内側から入ってくるという仕組みなのです
人生「これで、いいのだ」バカボンのパパの一言が釈迦に匹敵する至言でもあるわけですね
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