精神的なことを学ぶのに知識は当然必要となります
ただこの知識は旅で言えば地図の様なものです。
地図上で、思いを巡らしているだけでは、旅とはなりません

ただこの知識がなければ、何をどうすればわからないとなります。
知識としてですが、西洋と東洋の違いは、例えば医療がわかりやすいです
悪いところを細かいところまで調べて、そこをピンポイントで治療します(大まかですが)

東洋は違いますね
こめかみが痛いのに、足の裏を揉んだりと、全体的な視点から治療を行います。
どちらが正しいのかは、私は医師ではないのでなんとも言えませんが

哲学も同じです。

西洋は理論的に物事を捉えるため「その考え方をやめなさい」てな具合です
東洋は、頭の中だけではなく、身体や行動を伴います、中には禅のように「考えるな、触れ」「ひたすらお経を唱えよ」と言うふうに理屈より身体(体験)です。

これもどちらか良いとかはわかりませんが、精神的な学びは体感、体験が全てに優先します
新しい知識を得ても、次はもっと新しい知識を得ようとなります 
スピリチュアルはそれをすればするほど迷路に突入です

中国の哲学者荘子は、世の中の人は、もともとは一つであるものを「知恵に」よって区別しているだけだと言います。 
確かにその通りです
よくよく考えればわかります
コインの表裏、上下、右左、遠い近い、大きい小さいなど比べるものがあるから判断できます
例えばここからそこに行ったとします、そこにいる時点でここはそこになります
「ここ」があるから「そこ」があります
幸せ不幸、喜び悲しみ、愛憎しみ、、全て相対的な価値観であり、宇宙から見れば実態のないもので無意味なのです


以前も書きましたが
理論的な証明とは、まずこうなるのなら、次はこうではないかと的を絞り、そこまでの矛盾が起きないように詰めていく作業です

野球のバッティングがわかりやすいです。
打撃理論は山ほどあります
でも、正解はいまだにありません。こうであろう、だからこういう軌道でバットを、、云々


知識は知恵となります
知恵は普段の生活には役に立ちます、そして行き着くところは英智となります
知恵ではなく、智慧(物事の真実や道理を深く見詰める)を養っていけばやがてそれは叡智となります。

知識から知恵、英知と
知識から智慧そして叡智、、日本語の言葉の中には覚者が絡むものも多々あると言われます
凄い国だと思いませんかね?

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