「欲」と言う言葉があります
それを「求める」ですね
これを例えば「もっとお金が欲しい」とか
「可愛い彼女が欲しい」とか、、、
と連想してしまいがちですが
それだけではなく、私達は四六時中「欲」を求めてるのですね
暑いと「涼しい所はないか」とか
車を運転中「あの信号、赤に変わるな」とか
電車が到着すると「座れるように、、」や
「今日の商談うまくいきますように、、」
とか、観察すれば、そんな「幸せになれますように」みたいな遠い欲ではなく、常に自分に都合よくなるよう「求めている」のですね
その根本の理由は「わたし」です
「息子の熱が引きますように」これも私の求めてることですから、その背後には常に「わたし」が在るのですね
ではなぜ求めるのか?
「苦」がいやなのです
例えば仕事でも
「失敗」という「苦」を避けるために「成功」を求めて頑張っているのです
「失敗しなくてよかった〜」です
お金がないことの「苦」を避けるために「お金が欲しい」となるのです
「苦」の原因は「わたし」です
わたしは幸せになりたいと願う原因が、苦労したくないです
苦労したくないから、幸せを求めて精神世界を学ぶのですが、元々その幸せになりたい「自分」はいないのです
その「わたし」がいないので幸せや苦労など元々ないのです
幸せ(私)など存在しないものを求めているので、到達するはずがないのです
求めれば求めるほど「求める」という「わたし」が強化され、ますます不自然に苦しくなるのです
つまり求めれば求めるほど苦しくなる。
特にスピリチュアルは見えない世界ですから、どうにでも解釈できますから探求は止まりません
だから
欲望とは即ち「わたし」
それを求めるのではなく、求めなければ「わたし」と言うエネルギーが薄くなるのです
消えてしまえばそれは「無我」の境地となります
お金(わたし)も「求める」から苦しみが生まれる訳で求めなければ、必要以上に苦しみは生まれない
つまり
求めるほど苦しくなり
求めないほど苦しくならないのです
もう一度書きます
欲望🟰わたしです