おれがいるのだ」という慢心をおさえよ。  これこそ最上の安楽である。』
ウダーナヴァルガ 30章 一九
釈迦

釈迦はなにも難しいことは説いていませんね
この一言で完結です

人の苦しみの原因が「おれ」なのです
つまり「私」

「自分探しの旅」というニュアンスの言葉、聞いたり読んだりしたことないですか?

それを私なりに解釈しますと、自分とは、名前、性別、家族、社会、会社、友人、先輩、後輩、、、人はそれらを背負って生きているのだけど、自分とはなんなのだと問いかけると、どうしてもそれらが邪魔をする。

だから、全く知らない土地でそれらを一旦放棄し、自分自身を見直してみる
「私は一体何者?」

という感じです

これ、絶対見つからないです。
だって自分などいないのですからねw

最近私の嫁さん
肌のシワが気になると、高いエステに通い出しました
それはそれで気持ちはわかりますが、、、

これ、言い換えれば
自分の「老い」という「苦」から逃れる為に「若い」という「自分」を作っているとなります

つまり「私」が苦しみの原因となりますね
「私」の幸せ
「私」の平安
それを求めるということ自体が不可能なのですね
だってその「私」がいないのですから、、
確かに幸せを掴むことはあります、でもそれは永遠ではないですね


釈迦はこうも言いました
(私が聞いた訳ではないですが)
自分の人生を自分の意思によって変えていこうとすると必ず苦労する、、、と

何かを「求める」というのは苦しみを求めていることと同じ、真理は全く逆で「求めない」こととは思いませんかね?

ごくごく単純なことです

「求める」ほどくるしくなり「求めない」ほど楽になる、ということですね

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