普遍で在る本来のわたしがわたしが主人公の映画を観ています

その映画にわたしが主人公の私に入り込んでいまっています

真理はスクリーンに映し出される幻影(マーヤ)なので、本来のわたしには何もできない状態です

日々の悩みや不安、苦しみ、妬み、恨みもスクリーンで映し出されます、それは映画であるのでわたしにはどうすることもできません

が、私はそれを受け入れて、苦難を本物と思い込み、それをどうにかしようとしています
が、それはあくまでスクリーンに映し出される幻の映画なので、どうにかできるはずありません、諦めるしかないのですが、諦めないから苦難が増長されるのです

その映画の中の私、それは存在しないものです
その私は自我意識とも言います

そもそも私は存在しないのですから二元論など存在しないです

喜びや悲しみと思われる現象がただそこに「在る」のみです

そして肝心なことは、どうにかしようとしなくでも、どうにかなるのです

人生はシナリオ通りに動いています、映画ですから、それを私がどうにかしようとさるから、そこに苦難が生じます

人生はどうにかなるようになっているのです
「私が」という本来存在しない自我をあきらめて見てください

肩の力が抜け、新しい光景が観えるかも知れません、、、