『その「ふと」見上げた空はあなたの記憶に刻印されているのです。厳密に言えばあなたではなく歴史上の全ての人類の記憶です』
これを神智学では「原因想念」と呼びます
『共同迷妄』とも言います
初めて行った場所でも他の人と同じ光景が現れるのも
自分(個人)だけの記憶ではなく、過去何千年に渡る全ての人の記憶(刻印)の現れです
これはわかりやすく言えばアカシックレコードのようなものです、すべての記憶、例えばどこかの国の公園の木の葉っぱが落ちるところまでです
『それらすべてにあなたはいますか?勝手に目に入り、勝手に思考が転々としてませんか?』
目を開けば否応なしに光景が現れます
あの美しい山は見たいけど前に建ってる汚い工場が邪魔だから見ないと思っても消えません
静かな公園で音楽を聴いていると近くで犬の鳴き声がしました、これは聞かない、、はできません
これが真理なのです(笑)
全てがあなたの意思に関係なく流れて行きます
「犬の声を聞きたくない、」くらいはいいですが
問題は悲しみや苦しみ、つまり自分にとって嫌なこと都合の悪いことは受け止めたくない、できれば避けたい
犬の声を聞かないも、自分に都合悪いことはいやも同じことです
真理です
意識が向上すれば、嫌なことは起きないということはありません
それを意識を変えることで軽減したり無くしたりできることが「気づく」ということではないでしょうか
世界はあなたの意思に関係なく、あなたの中であなただけのシナリオ通りに運ばれている、そしてそれは最終的には必ず「どうにかなる」それをどうにかしようとする行為が苦難を呼びます
真理です
全てに身を委ねることができれば、まず気持ちが楽になります、「私が」が入るから苦しくなります。そしてあれこれ考えなければ智慧が現れます、
ただその智慧は思考を超越したものです