「わたし」がなければほとんどの苦難は無くなりますよね

もし「わたし」がないと認識できたら瞬時に「わたし以外」と言う感覚もなくなると言うことですね
当然過去未来、時間、空間という固定観念も薄れていきます

これは日々の暮らしから対象が消えてなくなるということではないですね
それはどう言う意識状態なのか、、

私もほんの一瞬垣間見た程度ですけど
例えば、私と目の前のコーヒーカップという感覚がなくなりますね
大袈裟に言えばコーヒーカップと一体となります、意識状態ですよ
部屋で嫁と二人でいたとします。わたしと嫁というものがなくなります。言葉で言えば、わたしと嫁でひとつです。


フーテンの虎さんの中のひとつの面白いセリフがあります
「お前と俺は別々だよ、お前が芋を食べて俺が屁をこくわけないだろ」

この意味での一体ではありません(笑)

全ての苦難は
私が、私と、私は、私の、、から派生します
私が判断したその結果で悩み続ける人も沢山います。
「私が悪いんだ」と
わたしは何もしていませんよ
あらゆる全ての状況がその判断を導いたのです
最善の判断です

五官が勝手に捉え
それに思考がそれがなにで、どう言う意味かを認識し、身体が反応し、心が考え、時にはそれに怒り、怯え、喜び、不安や不満を創り出します
そして、問題があれば「私が」解決しようとします。そして結果が良ければ「私が」満足し、悪ければ「私が」反省し、落ち込みます

何もしなくていいという意味ではありませんね
問題がら起きれば当然対処しなければいけません。ただそこに私が、私がを入れる必要はないと言うことです
それは、本来なら楽しんでやることかもですよ

全ては体験するしかありません
自分で体験しなければ、ただの都市伝説的な知識で終わってしまい、また飽きたら次の興味に移るだけです。

真理は目の前に展開しています
ほんの些細なことでも確かめることです
スマホの感覚、鳥の鳴き声、座った時のお尻の感覚、指の動き、、それが真理に触れるということではないでしょうか?

意識を変えるのは思考が創り出した知識では無理です、それは内側から勝手に変わります
日々活動しているのは、あなたのパーソナリティだということを意識といて体感するしかありません。
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