昨日の続きです
この「今」という瞬間には、時間と空間は存在しません
『真理とは自然界(普段接している世界)そのもので在り、時間や空間もなく、全てがそこに在る状態』です、、この状態です
目の前にいつもの景色が広がっています
道路が真っ直ぐに伸び、道路の右側にローソンやクリーニング店やレストランが並んでいます
遥か遠くに山々が連なり、手前には高いビルが並んでいます。大きな道路の脇には桜の木が並んでいます、、、
この状況は「今」と言われる意識の時にはないですね?わかります?
今の瞬間には遠くとか少し手前とかはありません
その後思考が働きそれを遠くとか近くとかと認識している、つまり、記憶を引っ張り出しただけです
その記憶とは遠いとか大きいとかクリーニングとか山々というどこかで覚えたものです。
「今」の状態では「全てがそこに在る」状態です
したがって厳密には「今」という意識の中の世界では距離も大きさも存在しませんね
あなたはいつも自転車で駅まで行くのですが今日は何故か歩きたくなり、家から歩いて駅に向かいました。途中自動販売機で水を買って黙々と歩いて駅に着きました。
15分歩きましたけど、駅に着いて改札を通った今という瞬間は家から15分かかって駅まで来たというのは過去ですよね?
「ああしんどぉ、15分もかかったわ、チャリンコで来たらよかった」と呟きましたけど、これは過去の記憶ですよね
「今」は改札を通りましたという現実しかありません
通りすぎだ後思考が記憶を呼び起こしたのです
「今」には15分歩いたは存在しません
つまり「今」という事実の中だけにはには時間は存在しないということです
実にシンプルです。
その「今」は全てがそこにただ「在る」状態であり
それが「永遠の今」という形で、それがあたかも繋がっているように記憶が錯覚を起こさせているのです
この「今」の意識状態は思考という蓋のような自我意識が鎮まり、その奥から眠っていた普遍意識が顔を出すことのできる状態です
肝心なことは普遍意識を探して引っ張り出すという感覚ではなく、普遍意識の顕現の邪魔をしないという感覚です
私達は常に「真理」に触れているのです。
思考が現れるまでの一瞬ですけどね