覚醒すれば、目の前の姿が変わるかのような妄想をしてしまうかもしれませんが
全く違います
実在するものや現象は全く変わりません。嫌なこと(と思われる)もやってきます
変わるのは自分の意識です
目の前に繰り広げられる現象、実在とは私の中にただ在るだけという感覚です
何も起きていない、夢のような感覚もない意識状態です
その時点では私はただただ静観しています。完全なる沈黙が訪れます
いつもの私達は外側に世界が存在し対象となる人がいて、、と捉えているのとは正反対の世界です
つまり、私が何かをやっている、私が物事を決めているという意識です
その私はただの思考でしかありません
これ一度試してみると面白いです
外の景色は認識できます
したがって外の景色は私ではありません。
嫁さんが見えています、よって嫁さんはわたしではありません。
肉体も認識できます
思考は観えます。私ではありません
感情も認識できます
と、ありとあらゆるものを対象として捉え、最後に「私は」と問いかけて見るのです
当然私自身が本体であるので、見えません、ジーと意識を私は?私は?○○(自分の名前)は?○○は?どこ?と意識を集中すればわかります
私などどこにも見当たらないということが
つまり気づいたものは、現象世界において私はただの思考だとなり
気づいてないものは私は確実に実在し、全ての喜怒哀楽に大きく携わっていると認識します
思考が実在だと思い込み、そこに身をおきます。
そして、憎しみや悲しみや怒りという思考が創り出した幻影(マーヤ)に振り回されて、私はなにをすればいいのかとか私の責任とか決断とか、そのことで日常をいっぱいいっぱいにしているということです。
もうひとつ、実在とは私の中にただ在るだけを認識できたと同時に、全てがひとつで在るという感覚も生じます。
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