三重県鈴鹿市ディッチャ
友達と伊勢にある神宮徴古館へ
人の話を聞いていて、
思い出したことがあった。
自分と相手の意見や考えが違うとき。
私は今まで、
「考え方が違うんだから仕方ない」
と諦めたり、
「なんであんなふうに考えるんだろう?」
と、相手を悪く思ったりすることがあった。
でも、それって
自分の考えを基準にして、
相手を判断しているだけなのかもしれない。
相手に、
「どうしてそう思うの?」
「どうなったらいいと思う?」
そんなふうに聞いてみることも、
できるんじゃないかな。
もちろん、
なかなか聞きにくい相手もいる。
それでも、一緒に仕事をする人や家族
身近な人だからこそ、
相手がどう思っているのかを
聞いてみることも大切だと思う。
そうしなければ、
考え方が違うというだけで、
相手を嫌いになってしまうこともある。
それでは、なかなか
人間関係も良くなっていかない。
相手を受け入れ、尊重する。
そんな自分でいられているだろうか?
相手の考えを聞いたとき、
自分はどう感じるだろう?
心地いい?
それとも、心地悪いのか。
そんな自分の気持ちにも、
目を向けてみることが大切。
そして今の私は、
失語症の母とのコミュニケーションに
試行錯誤している最中です🤭
言葉を交わすことだけが、
コミュニケーションではない。
そんなことも、
母との日々の中で感じています。
先日12人で竹生島へ
お久しぶりな方ばかりだったけど
フラッとに話せて楽しかった
知識、情報
もちろん大切な部分でもある。
でも、ときにそこにとらわれすぎると
その人を知識や情報の枠にはめてしまって、
その人本来の姿を
見れていないことがある。
話も、ちゃんと聴けていない。
自分の持っている知識や情報を
ただ伝えるだけでは、ちょっと違うと思う。
大切なのは、
その人を見ること。
その人の話を聴くこと。
生活状況や、日々のクセ。
どんなことに緊張しやすいのか。
いつもどこに力が入っているのか。
その人を知ろうとすると、
聴きたいことはたくさん出てくる。
私はセラピストだから、
さらに身体にも触れる。
言葉だけではわからない今の状態が、
身体から伝わってくることもある。
今日も会話の中で未来の不安に意識が向いた瞬間、
それまで触れていた首が一瞬で硬くなった。
本人も「今、硬くなったね」と気づいた。
心の動きが、身体に表れる。
だから私は、
心と身体を別々に見るのではなく、
一緒に見ていきたい。
その人が本来の自分に戻っていくために、
心と身体の両方からアプローチしていく。
それが、私がセラピストとして
やりがいを感じるところなんだと思う。
先日自分のための
リトリートに行ってきました
心と身体のセラピスト
坂井久美です
自分が満ちていると、
自然と溢れるように
周りへの行動や言葉も変わってくる。
でも、
それがずっと続くことって
なかなか難しいですよね。
周りの環境や状況、
人からの言葉や態度を見て、
「あの人はこうだからダメよね」
「あのやり方は違うでしょ」
と、周りをジャッジしたり。
そして、
「こんなことを思う自分はダメ」
「自分のやり方が悪いんじゃないか」
と、今度は自分のことまで
ジャッジしてしまう。
気づけば、
苦しい……ループにハマっていく。
そんな時間が長くなればなるほど、
身体への負担も大きくなって、
頭痛や肩こり、首こり、腰痛。
身体もガチガチになって、
いろんな症状として出てくることがあります。
この苦しいループから抜け出すには、
まずは自分の心が満たされる時間を
少しずつ増やしていくこと。
自分のやりたいことをやってみる。
時には手を抜いてみる。
そんな時間が増えていくと、
不思議と細かいことも
気にならなくなってくる。
私は一日に一回以上、
「幸せやなぁ」
と感じることに意識を向けています。
運転しながら、
「今日、空がきれいやなぁ」
ご飯を食べながら、
「美味しいなぁ」
お風呂に入りながら、
「気持ちいいなぁ」
特別なことじゃなくてもいい。
いつもの生活の中にある
小さな「幸せ」に気づいて、
その瞬間を味わう。
そんな時間を、
私は日々取り入れることで
仕事や生活の質も
変わって疲れにくい身体になってます。