人の悪口、陰口というものはあまり言ってはいけないなと感じさせられることは二度あった。勿論僕も聖人君子ではないので、この人タチ悪いなというのには結構口に出します。


二度というのは、僕が引きこもりの時に実家の近所に住んでいた女性がうちの母親にあの人は田舎にでも行ったらいいのにとかかなり辛辣に話をしていたらしい。その当時のこととて若い引きこもりもそんなに社会問題になっていない頃だから、我慢ならなかったのでしょう。


ところがその人が確か50代くらいだったろうか、認知症になってしまいもう一度も家には帰れなくなってしまった。


もう一件は友達未満というような人が、僕の生活保護の境遇を半ばからかった言葉を口にして、その人は40代で事故でお亡くなりになりました。


この二件の事実で他人を必要以上に傷つける言葉は口にするのは止めようとなったのです。




僕自身のここまで生きてきた何らかの証明になるような写真やら物はほとんど何もありません。


一番捨てまくっていた時期は引きこもっていた頃で、もう人生どうでもいいだろうと、過去の物は全て捨てたので、いわゆる昔の友だちという人達とは縁が完全に切れた。学生時代の住所とも違うし、その事については特に寂しさはない。


ただ、小学生の頃3年間くらい担任だった教師とは色々気にかけていただいたのでもう一度お会いできればなと思う。大学を卒業されてすぐ教鞭に立たれたから僕とは15歳違うくらいなので、まだご存命ではないか。もうこんな歳になると障害者雇用でぼつぼつやっていますとか、恥ずかしさもあまりないので何とかならないものか。




ここ10年間の仕事は、言い換えると僕も一般社会に参加させて下さいという意思表示であったわけだ。勿論障害者雇用というカッコ付きのものであるが、これでも企業の役には立とうと考えているものです。


ところが参加といっても、これは参加させてやるという世の中からの歩み寄りという事もあって、そのあたりお目こぼしということです。


それでも働き始めた頃はこれは最低限でも消費税は今までより多めに払う事ができるのだから、それなりに何らかの意味があるのだと、結構それまでの生活保護の人生からの変化に喜びを見出していたということです。