19世紀末にチェーホフは短編小説に革命を起こした。チェーホフのように第一線で小説を絶えず発表した作家はいなかった。チェーホフはしばしばギ・ド・モーパッサン と比較されるが、チェーホフは伏線 を計算して配置するプロット を凝らした小説にはあまり関心をもたなかったとされる。チェーホフの小説では実際のところほとんど何も起こらない。登場人物とその生活が前面に出てくるのである。モーパッサンが出来事に焦点を当てたのに対し、チェーホフは人物に目を注いだといえる。
典型的なチェーホフの話は外的な筋をほとんどもたない。物語の中心はしばしばある登場人物の内側に起こることにあり、この物語は示唆により、あるいは意義深いディテールにより、間接的に担われる。しばしばいわれることであるが、チェーホフの小説や劇においては何も起こらない。しかしチェーホフは内面のドラマを展開させる独自の技をもっており、それで目立った事件が起こらないことは十分に埋め合わされている。チェーホフが主に扱う主題は労働と愛であるが、登場人物たちはどちらにも関心を示さない。チェーホフの若い登場人物はたいがいが幻想に囚われており、年老いた登場人物は幻滅にさいなまされている。時間の経過がつねに関心の中心を占め、日常のささいなことや脱線、人生の意味の結局は失敗に終わる探求が取り上げられる。
チェーホフは象徴主義 的な演劇 を嫌っており、『かもめ』の中でコスチャの劇中劇 としてパロディー化している。同時に、チェーホフはモーリス・メーテルリンク から大きな影響を受けたとも告白している。チェーホフが影響を受けたもうひとりの劇作家はイプセン である。『野鴨 』(これはチェーホフが気に入っていた作品のひとつである)なしには『かもめ』は現在あるようなものにはならず、それどころか全く書かれなかったかもしれないのである。