もう20年前のことです。
ちょうどそのころ、こちらのライニッシュポスト新聞 Rheinische Postに
「チャドの下にジーンズとTシャツ。今どきのイラン」という記事が
ありましたので最後に載せました。
彼のドイツ人のおばあちゃんもお母さんも写っています。
おばあちゃんはドイツから娘のところに来たんですね。
冗談好きな、本当に面白い、楽しい方でした。
彼がお母さんに抱かれている赤ちゃんの時の写真
載せました。
テヘランの実家に着いた時
彼のお母さんがイランでは3月がお正月なので
サフランを使ったお料理してくれました。
お母さん、ドイツ人なのにパ-フェクトなペルシア料理でした。
ご主人とはドイツの学生時代に知り合ってイランへ来られました。
残念ながら去年亡くなられました。
とてもイランを愛して
ドイツに住むことはなかったお母さんでした。
お父さんは、お医者さんでおじいさんはテヘランの市長さんだったそうです。
小石の上で焼くパンを買いに行きました。
パン焼き職人さんたちは楽しい人たちでした。
バザ-で買い物しました。
シ-シャ(水タバコ)吸いました。
民族色あふれる喫茶店でお茶を飲みました。
お正月なので北ドイツから彼の弟さんもきて家族一緒に。
その後テヘランから飛行機でイスファハンへ。
彼の職場であるイスファハン大学でも写真撮りました。
物理学教授です。
イスファハンでは青いモスクにたくさん観光客が来ていました。
当時ホメイニの肝いりで・笑・というか「おしん」の大ファンだったそうで・・
「おしん」がテレビ放送されていて、2回目放送、人気絶頂
歩けば「オシ、オシ」とみんなが手を振ってくれます。
私はおシンになりました・笑
イランの人はとても人懐こくて
「おシンの気持ちがよくわかる、私もああいう苦労をした」
とか言って記念写真も何度か撮りました。
私との集合写真がイランの家庭で飾られているかも・笑
民族楽器演奏のコンサ-トにも行きました。
他、シャ-の宮殿も見学。
私の友人、イタリア人の彼女がドイツから彼と行ったばかり、
イランでの滞在もまだ短かったですが
ガイドをしてくれました。
どこかで私の頭のシャ-ルがずり落ちていたら
私服の警官が注意に来ました。
彼が大学教授の名刺を見せたら「OK 問題ない」 笑 でした。
沢山の写真の一部を、短くまとめてみました。
イランの旅を一緒にお楽しみください^^
お越しいただきDankeでございます。