
私が50歳になって氣づいた事です。
看護師とお寺の堂守をダブルワークするようになって、ふと三が私の周りに多いなぁと。
初めて勤めた病院の名前、住んでいる所、近所の神社、ご縁のある人の名前にも三がついていたり、三のつく地名に住まれてたり、2年前に転職して旦那さんが働いている職場の名前にも、今、私が働いているお寺の最寄り駅にも三が…
そして、三のつくその場所には、✨祝福✨が待っている![]()
三がついていなくても、祝福はあるのだけれど、特にそうなっていると感じるのです。
それは、大きな氣づきがあったり、そこから新しい何かが始まり背中を押してもらう感じ。想像もできなかった素敵な人に出逢い、いろんな物事を受け取れた感じ。
いろんな物や人、自分の中の必要のない思い込みや感情をいっぱい、いっぱい手放していくと、後から後から氣づいていく。そのきっかけを与えるために出逢えた人の名前に三。
私も師匠がほしい‼️と探し求めていたけれど、すぐ傍にいてくれた三のつく地名に住んでいた人が、あっちにフラフラこっちにフラフラしていた私を黙って見守りどんな私も受けいれてくれた、その人が師匠だった!ことに氣づいたこと。
答えは、外にあるのではなく内にあり、
すべては、自分の中にあると氣づいたこと。
だから、師匠は1人ではなく、周りにいるすべての人で、それは、家族だったり、友達だったり、コンビ二の店員さんだったり その日逢った人の言葉や態度がメッセージだと氣づいた。
自分と繋がりますように🙏🌿
と最寄り駅が三のつく自分が働いているお寺で、ご祈願していたけれど、もともと繋がっていたことに氣づいたこと![]()
自然いっぱいの参道を歩きながら、何度もそこに立っている木🌲や鳥🐦⬛や虫🦋達に癒され、心も身体も整えてもらったこと。
見えない存在を、私には見えたり聞こえたりはわからないけれど、いつも傍にいてくれているという感覚はわかるようになったこと。
氣づいたら三のつく職場に転職し、いつも2番手だった旦那さんが管理職のトップに就け自由に楽しくお仕事をしていること。
その事すべてに、感謝が溢れてなんて自分は幸せなんだー✨💕
と思える私になれたこと。
