稀惺さんのバウホール初主演公演。運良くチケットが入手できました。2015年に月城さん主演で初演された作品の11年ぶりの再演。


商人の町・大坂天満を舞台に、父を亡くした主人公(稀惺さん)が寒天問屋の丁稚として成長していく人情物語。バウホールという緊密な空間が、人と人との絆を丁寧に描くこの物語の温かみをドラマチックに引き出して、出演者も作品も良くて、私は何度も感動して泣いていました。


幕開きは主人公を助けた寒天問屋の主(汝鳥さん)の登場から。谷先生の脚本は大坂の風情を纏いながら、笑いの場面と涙の場面を過不足なく織り交ぜて進んでいきました。物語が進むにつれて、客席のあちこちからすすり泣きが聞こえてきました。


大人数の祭りの場面に目を奪われました。鮮やかで楽しい。忘れがたかったのが、開演から三十分ほどで迎える劇中劇「曽根崎心中」。吉崎先生の劇的な音楽が流れた瞬間、涙が込み上げて止まらずでした。初演時からこの場面が大好きで、初演に忠実に仕上げた鈴木先生の演出とスタッフ陣の誠実な仕事に心から感謝です。


稀惺さんは精鋭揃いの105期でバウホール主演一番乗り。美しさは月城さんが圧倒的でしたが、歌も芝居も台詞も所作も安心して見れて、タカラジェンヌに不可欠な気品が自然と滲み出るのも素晴らしい。稀有な気品が主人公が丁稚姿でも武士の子として生まれた血筋の良さの説得力にも重なって唯一無二な情緒だと感嘆しました。


ヒロインの乙華さんは子ども時代と大人になってからで声のトーンを自然に変え分け、全編を通じて稀惺さんの心の支えとして清楚に存在し続けました。二人の初々しい雰囲気がこの清廉な舞台に似合い、終幕も心底からの拍手を送れました。


汝鳥さんの懐の深さが滲み出る芝居は舞台全体を滋味深く支え、最初は主人公を疎ましく扱う番頭を演じた輝咲さんの可笑しく適度なオーバーアクトも絶妙でした。ヒロインの優しい父親を演じた朝水さんの男前ぶり、女衆の澪乃さんの溌剌とした演技も印象深かったです。碧海さんが何役も兼ねて流石は演技派の器用さでした。


若手では丁稚を演じた凰陽さんや馳さん、手代の彩紋さん、女中の藍羽さんがそれぞれに個性といい味を出して、下級生に至るまで星組のアンサンブル力とチームワークの良さを何度も感じました。


それにしても、バウ作品ながら、結構、大作の大河ドラマで、谷先生の作劇力を再認識の三時間でした。かなりの名作だと思います。


観劇前に初演の映像を見ました。月城さんは当時まだ雪組生で研七、この作品が初バウ主演作品。別格的な美しさに改めて仰天しました。曽根崎心中を歌った久城さんと愛さんの美声も今も耳に残っています。今回の彩紋さんと藍羽さんもしっかり聴かせてくれました。お初と徳兵衛を舞った初演の月城さんと桃花さん、今回の稀惺さんと乙妃さん、いずれもとても美しかったです。おでん屋の諏訪さんは当時研3の抜擢で、凛々しく、歌が巧くて心牽かれました。


初演の終演挨拶で月城さんが谷先生の厳しかった稽古に触れていて、和物の所作が舞台のいたるところに溢れるこの作品は生徒に高いハードルを与えて確実にレベルアップさせようという谷先生の生徒への愛情と信頼を感じました。今回、谷先生を思いながらの観劇にもなりました。是非とも千秋楽の配信も見たいと思っています。