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ペン表卓球への道

大阪市在住のサラリーマンです。趣味は、卓球、読書などです。大学時代までやっていた卓球を再開しました。現在、卓球練習を週1回2時間、試合を月2回のペースでやってます。

 今日は、私のふるさと「青谷(鳥取県鳥取市)」が「卓球のまち」と言われる理由と題してBlogしたいと思います。 


(鳥取市青谷の地図)




 シリーズ知っていましたか青谷のこと?
 青谷が「卓球のまち」と言われる理由


 青谷というと卓球の町と言われていました。しかし、若 い人はどうして青谷が卓球の町なのか知らないと思います。

 そこで、その理由を調べてみました。

  それは53年前、東京で卓球日本一のクラブチーム(あの荻村伊智朗の青卓会)に所 属していた奥崎の山根敬一さん(当時コーチ)が、25 歳で青谷に戻って小 ・中学生に卓球を教えました。それまで青谷中(私の母校)は県大会で ほとんど勝ったことがなかったのに、3年後に県で初優勝 し全国大会に出場しました。


(参考)「ピンポンさん」(城島充著)あとがきP375


 4年目から山根さんは青谷高にも通い始め、初年度に全員 1 年生で県初優勝。それからというもの、青谷高(私は鳥取市内の別の高校に進学)は団体で男子 30 回、女子2回、青谷中は 男子 18 回、女子は 16 回県総体で優勝しています。

 また、昭和 60 年にはわかとり国体の 卓球競技が青谷であり、青谷高の生徒やその OB が選手として出場しました。

 その後、青谷高、青谷中の卓球部 OB が各地で力を発揮しているので、青谷と言えば卓 球の町と言われるようになったのです。

 現在では、敬愛高校や城北高校がインターハイに 出場するようになりました。しかし、青谷中が 12 月 21 日・22 日に行われた県選抜(新 人戦)で優勝し、久々に卓球で青谷が盛り上がっている・・・というのが現状です。

 一方、レベルが高くなると卓球経験の少ない人が卓球をし辛くなってしまいました。
そこで、近年は卓球で優勝を目指すだけでなく、1交流する2見て楽しむ3応援して楽 しむ(子どもや孫)等といろいろな価値観で卓球する人のために、2 年前から青谷町教育 委員会主催で「上寺朗杯卓球大会」(青谷上寺地遺跡が有名)を開催し、弥生人の服装で出たり上寺朗が卓球をした りといろいろな楽しみ方を模索されています。

 このように、最初は一人の熱心な指導者から始まったこと ですが、このような青谷独自の大会ができると、50年を経 て、総合的に「卓球の町」らしくなってきたようです。


(出所)
鳥取市公式ウェブサイト2025館長だより1月号