金子みすゞの詩「ピンポン」の紹介 | ペン表卓球への道

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大阪市在住のサラリーマンです。趣味は、卓球、読書などです。大学時代までやっていた卓球を再開しました。現在、卓球練習を週1回2時間、試合を月2回のペースでやってます。

 今日は、金子みすゞの詩「ピンポン」の紹介と題しBlogをしたいと思います。



 20221月のNHK100de名著で「金子みすゞ詩集」が特集されました。その時、初めて金子みすゞの詩を知りました。


 今回は「ピンポン」の他に、私のお気に入りの金子みすゞの2つの詩も紹介させていただきます。




「ピンポン」


316 ピンポン

 

二階《にかい》の窓《まど》のすり硝子《がらす》

ピンポンしてる

かげ法師《ばふし》

 

港《みなと》のまちの春《はる》のよひ

月《つき》はおかさをさしてゐた。

 

ほんのりとしやぼんの香《にほひ》

母《かあ》さまとお湯《ゆ》のかへりで

からころと

 

とほりすぎてもお窓《まど》から

ピンポンしてる

音《おと》がする。





私のお気に入りの金子みすゞの詩2篇


431 私と小鳥と鈴と

 

私が兩手をひろげても、

お空はちつとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のやうに、

地面《ぢべた》を速《はや》くは走れない。

 

私がからだをゆすつても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のやうに

たくさんな唄は知らないよ。

 

鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがつて、みんないい。




486 こだまでせうか

 

「遊《あす》ばう」つていふと

「遊ばう」つていふ。

 

「馬鹿《ばか》」つていふと

「馬鹿」つていふ。

 

「もう遊ばない」つていふと

「遊ばない」つていふ。

 

さうして、あとで

さみしくなつて、

 

「ごめんね」つていふと

「ごめんね」つていふ。

 

こだまでせうか、

いいえ、誰でも。







著者紹介

金子みすゞ/詩

金子みすゞかねこみすず/本名金子テル。明治361903)年、山口県大津郡仙崎村(今の長門市)に生まれる。大正末期から昭和の初期にかけて、すぐれた童謡を発表し、西條八十に「若い童謡詩人中の巨星」とまで称賛されながら、昭和51930)年、26歳の若さで世を去った。童謡詩人・矢崎節夫の長年の努力によって512編の遺稿がみつかり、没後50余年を経て、全集として出版された。平成152003)年4月には、みすゞ生誕100年を記念して、長門市立金子みすゞ記念館が開館。13の言語に翻訳され、その魅力は世界に広がりつつあります。