昨年の春に母が92歳で他界しました。
認知症だった母は、もう私の事を娘とは認識出来なくなっていました。
施設の部屋で、もうすぐ旅立つであろう母を前に、
(あぁ、本当に、、、本当に、、、もうお別れなんだ)と胸がギュッと締め付けられたのを覚えています。
認知症を発症して7年、
訳のわかない事を言い出す母と向き合うことは、
私にとってなかなかしんどいものがあり、
正直、母と会う度に、
[優しい自分になれない苦しさ]
を抱え続けました。
母に、、、会いたくなかった。
愛してはいるけれど、
会いたくなかった。
私はなぜ母に会いたくなかったのだろう。
どうしてあんなに母と会う事が辛かったのだろう。
心理学を学んでも、、、
それでも、、、私にその全ての謎は解けません。
きっと答えはひとつではないのです。
最期の時が近づいて、、、
その時になって、
やっと私の心は落ち着いていきました。
もう[会いたくない]とは感じませんでした。
あの頃、、、
母がまだしっかりしていた頃、
私は仕事帰りにいつも実家に寄り、特に何を話すでもなく部屋で母と一緒に過ごしました。
あの頃のあの時間が返ってきたような、
そんな時を最後に過ごすことができました。
そして、
私を娘だと認識出来なくなっていた母も、
まるで認知症が改善している様な、、、
そんな素振りを何度も見せてくれました。
(お母さんは私を娘だとわかってる!)
そう思える発言や手振り、表情をしてくれたのです。
でもそれは、もしかすると、
私がこれまで見ようとしなかったから
見えなかったものなのかもしれません。
もう話す事は叶わなくなった母と目が合う度に、
私は大きく何度も頷きます。
すると、
母も何度も頷き返してくれます。
(わかってるよ!わかってるからね!)
という私の合図。
(あなたが私をわかってくれている事を
私もわかってるからね!)
という母からの合図。
そんな無言の会話です。
私たち母娘二人だけが出来る会話。
お母さん、
お母さん、
私のお母さん。
やっぱりあなたは、
私が[あなたの娘]だという事を
ちゃんとわかってるのよね!
私もお母さんをわかってるよ!
そう、
この世で一番お母さんを理解しているのは私。
ずーっとそうだったよね?
そう、
それは確実に、
ずーっとそうだったのです。
誰よりも誰よりも
私は母を理解していました。
お母さん、私のお母さん。
大っ嫌いで大好きな
私のお母さん。
そう、
大っ嫌いなのに
どうにもこうにも
[大切でならない人]
私のお母さん。