札幌から車で2時間程の病院に赴任し 3ヵ月程過ぎたあと、急に仰け反る程の痛みが起き、翌日CTを撮ったとの事。
外科医でしたので 膵臓癌だと判断したようです。
前日から、嫁も来ていてその日の午後に札幌の病院に緊急入院。
直ぐその道の先生でのオペでした。
家族には、助からないとも宣言したようでした。
数日後に、父の様子見含め見舞いに行きました。
膵臓と胆嚢の全摘出したとの事でしたが
病室からふらふらでて来て、最上階立派な食事処で麦酒も頂いた記憶があります。
皆が心配するので、事実は伏せるよう言われれました。
実家に戻り 母 には兄は元気で、父も良くはないけど大丈夫と言い、東京に戻りました。
定期的に嫁さんから連絡があり、放射線と抗がん剤投与がつずいたようでした。
後で聞きましたか、国内無認可の抗がん剤も使い1年 2年 ・・・3年 が過ぎ、途中から 内科医として父が闘病していた病院に不定期で復職してました。
その最中 父も亡くなり、大変辛そうに対応していました。
5年経過した頃から大丈夫そうだと山のような薬飲みながら献身的な嫁さんとうなずきながら笑っていました。
今、9年程経過してますが 定期的に マーカ とPETTO は行っているようです。
本人いわく 奇跡 だって!
その後母の 壮絶な死 の前に
平凡な我の事も書きつずります。